「“令和の普段の多摩”を舞台にした映画としても」春原さんのうた 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
“令和の普段の多摩”を舞台にした映画としても
「濱口竜介と杉田協士:2021年の国際映画祭を賑わせたふたりに共通するもの」(あしたメディア by BIGLOBE)という記事を読んだ。指摘されているように、外国の映画人に高評価される共通項は確かにあるのだろう。とはいえ個人的には、演劇要素を多用しフィクションをフィクションとして提示することを追求している(それゆえ別世界の話として空虚に感じられる)濱口作品より、日常のささやかな出来事や心の動きを、まるでスナップ写真か短歌のように切り取って紡いでいく杉田作品のほうが、現実と地続きの話として身近に感じられるので好みだ(ちなみに杉田監督の長編で好きな順は「ひとつの歌」>「春原さんのうた」>「ひかりの歌」)。
東直子の歌集「春原さんのリコーダー」に収められた短歌「転居先不明の判を見つめつつ春原さんの吹くリコーダー」を“原作”としているが、それ以外にも郵便ポストのくだりなど、他の短歌に着想を得たと思われるエピソードも組み合わせている。カフェでバイトを始めた沙知(荒木知佳)が、引っ越しもして新生活をスタートさせる。彼女が抱えるある喪失感は、たとえば視線の先に映る人物の姿でさらりと示唆される。
説明過多な邦画に慣れた観客なら、あるいは情報不足のように感じるかも。ただし注意深く観ると、かすかではあるが確かにある感情の揺らぎや、巡らせる想い、再生への希望といったものが伝わってくる。一瞬の情景を切り取った写真や短歌のように、受け取る側が想像力をはたらかせて味わうタイプの作品と言えるかもしれない。
なお、沙知のバイト先のカフェは、多摩市の聖蹟桜ヶ丘駅から少し歩いた大栗川沿いに実在する「キノコヤ」という店。映画の上映会やトークイベントなども不定期で開催していて、多摩市出身の杉田監督がらみの企画も何度かあった。市内では広いレンガ敷の遊歩道が伸びる(冬はイルミネーション会場にもなる)多摩センター駅南口がロケ地になることが多い気がするが、「春原さんのうた」で映し出される駅から店までの街並みや、店の2階の窓から眺める川沿いの桜などは、地元で見慣れた普段の多摩そのもの。ジブリのアニメ映画「耳をすませば」で知られる「いろは坂」もすぐ近くにあるので、よかったらキノコヤにも寄ってみて(お酒も飲めます)。