「命を守ること、固執すること、、、」すべてが変わった日 redirさんの映画レビュー(感想・評価)
命を守ること、固執すること、、、
失ってしまったものの長いリスト、それが人生。
今時は、grandpa を字幕でじいじとするのだな。そのじいじが、ばあばであるダイアンレインに語る言葉。
ダイアンレイン演じるマーガレットばあばは、愛馬を失い、息子を失い、孫も失おうとしていて、失ったものの長いリストに、孫のジミーだけは含めたくない。
諦めたり、争わないことも必要と思いながらも孫の人生、孫の生を左右する、人命の大切さ、そして妻への愛のため、じいじは最期ひとり、孫と嫁を救出にいく。
ヒロインであるはずのダイアンレインは素敵なヒロインには描かれていない。と私は思う。馬の調教師として一流で、夫は保安官で、料理がうまく、なんでもできる。なんでも決めることができ、マイティマザーだが、息子が落馬事故で死んでしまう。善意と、こうあるべきという立ち居振る舞い、息子の嫁にも同じ立ち居振る舞いをそれとなく強制するようにも見えるが、牧場のマイティマザー、ブランチのように悪と悪意の支配ではない。
孫を救い息子の元妻を救ったことは正しい行為だが、先住民の孤独な若者のところに小屋を建てて住もうと提案したりして、人命を守る観点から離れれば、この善のマイティマザーも支配的で自己中心的だと思う。ケーキを焼き、ケーキを切りわたす、すかさずのタイミングで赤いアラジンポットでコーヒーを渡す。全てこうあるべきというところをしっかり気になるように捉え描いていて、西部開拓史からの闇を抱えるプアホワイトの誰にもわかりやすい悪意や闇とは違う、私たちの中にある他人への善意に包まれた圧も感じてしまった。
ダイアンレインが完璧に美しすぎるからかもしれない。
荒野の孤独な青年ピーターに、先住民狩り親から引き離され先住民の言葉や文化を捨てさせる強制的な学校、脱走したら社会では生きていけなくなり、また学校に収容されたためおばあちゃんの話す言葉がわからなくなった、ということをしっかり語らせており、
苦労と暴力の上にある悪意の家族より、establish側の悪意に気持ちがいく、、、せっかくのケビンコスナーとダイアンレインの名優ぶりにも感情移入できず。というところが素晴らしい映画。
ちなみに英語原題タイトルは、let him g
これも邦題がだめなやつ。