英雄の証明のレビュー・感想・評価
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英雄だから見返りを求めないのか、見返りを求めないから英雄なのか?
警察の不在や司法制度の違いなどには疑問や違和感を感じざるを得ないが、そこは、イランとはそういう国なのだろうと思うしかない。ただ、そんな特殊な社会の物語であっても、登場人物たちに同情したり、共感したりできるのは、普遍的な人間の姿がきちんと描かれているからだろう。
そして、その最たるものは、「人間の弱さ」なのではないか。
単なる偶然や成り行きで手に入れた名声なのだから、それ以上のものを望まなくてもよいはずなのに、借金を返せたり、刑務所から出られたり、職にありつけたりするのではないかと、ついつい欲を出してしまう。真実を取り繕おうとして悪意のない嘘をつき、さらに嘘を塗り重ねて、結局、信頼や信用を失ってしまう。それらは、すべて、どこの国の、誰でも持ち合わせている人間の弱さゆえの行いであろう。
さんざん愚かな行為を繰り返したあげく、刑務所に戻っていった主人公だが、寄付金を他人に譲り、吃音の息子が晒し者になるのを防いだことによって、真の英雄になれたのではないだろうか?ほろ苦くも、かすかな救いが感じられるラストだった。
英雄は民衆に創られ、棄てられる。
作品全体でこちらを見事に翻弄してくれます。導入部からあれよあれよと転がる石のように事態が変わっていく様はまさにピンボールの玉。弾かれ飛ばされ運命が目まぐるしく変わっていきます。
主人公がほんのちょっとの「あわよくば」の気持ちや、変わってきた潮目に対して「欲」を出し始めちゃってからがまぁ見ものなんですよね。人間の性(さが)や業(ごう)のオンパレードで。あぁ、人間ってなんとまぁ哀しい生き物なんでしょうね。そう、主人公や彼を取り巻く人々含めて「THE 人間」なんですよね。
本作のテーマは日常的に素行不良の人がちょっと親切したらめちゃくちゃ評判が良くなる・・・・ってのと根本的に似ている気がするんです。素行良好の人と同じことをしているだけなのに世間が勝手に貼ったレッテルと真逆なことをすると本人は何も変わってないのに、周りが勝手に判断して持ち上げちゃうってのと。で、調子に乗ったら梯子外されちゃっって感じ。踊るのが人間なら踊らせるのも人間(世間)。
世間なんて面白ければ飛びつくしヤバくなったらすぐに他人事。そう、結局は目の前の得が欲しくて、自身のプライドと体裁と利益しか考えてない。自分のこと以外は責任取る気すらない・・・けどね、それが人間って生き物なんじゃぁないかなぁ、無慈悲なこの世論というモンスターの中を泳ぎ切る人ってさすがですよね。ですが、主人公のラヒムはただの人で、流されていただけ。さらに、そもそもどこか他人事。他責にしたがることが全ての元凶に思えてならないですね。よく言えば世間に弄ばれたですが、僕には身(本性)から出た錆にしか見えないんです。本性は変わることがないのにそれを見ずに調子に乗ってしまった結果が・・・ラストかなぁと。
誰のせいでもなく自業自得だよなぁって思います。
【”善意と悪意あるSNSの狭間で翻弄される、名誉と尊厳。”主人公が体験した、賞賛から一転して罵倒される姿は他人事ではない。今作は、人間の倫理観とは何かを問い掛けてくる見応えある作品でもある。】
◆感想<Caution! 内容に触れています。>
・主人公、ラヒム(アミル・ジャディディ)の”善意と悪意あるSNSに翻弄される姿が観ていて、キツイ。
と共に、イランの刑法制度や社会制度も少し学ぶ。(軽犯罪者の休暇制度、死刑が金銭により回避できる制度、犯罪者を助けるためのチャリティ協会の存在など。少し、驚く。)
・金貨の入ったバッグを恋人が拾い、預けられたラヒムが、一度はそれを借金の肩にしようとするも、ラヒムの借金を肩代わりした義兄との示談が成立せず、役所に届け出て、善意あるSNSにより、一時的に”正直者のの受刑者”として、マスコミに取り上げられるも、悪意あるSNSにより、窮地に追い込まれていく様の描き方の巧さ。
- 脚本がハイレベルなのである。ー
・ラヒム自身も、小さな嘘(自分が、バッグを拾ったetc.・・。)を積み重ねて行き、逆に自らを追い込んでしまったことに悩む姿。
・ラヒムの義兄が発する、”拾得物を拾ったら届けるのが当たり前なのに、何故受刑者だからと言って、賞賛されるのか!”という疑問も良く分かる。
- 所謂、行なう者の肩書、境遇により行為の位置づけが変わるという、”認識の歪”の描き方の巧みさよ。-
<ラヒムが、頭を剃り、爽やかな顔で獄に戻るシーンは、SNSの柵から解き放たれたからであろう、と私は思った。
今作は、人間の倫理観とは何かを問い掛けてくる見応えある作品である。
イランでも、SNS社会の不条理な出来事は多数あるのだろうな、と思った事と、イラン独自の法制度を含めた社会制度も、興味深かった作品でもある。>
<2022年5月22日 刈谷日劇にて鑑賞>
後半にいくにつれて盛り上がった! 心の底から共感できるのは子どもだけだった大騒動。
・ボタンの掛け違いは、できるだけ早めに修正しよう。
・如何なる時も、幼い子どもは心身ともに守られるべきである。
・おうおうにして、慈善団体の中枢は泥臭くキナ臭い。
これらを説教や標語でなく、豊かな映像と濃い人間関係を通じて見せてくれた。映画っていいなあと思わされる作品だった。
もちろん小道具として「スマホ」は使われるものの、その後のトレースの仕方が何ともアナログな聞き込み捜査で、アッバス・キアロスタミの紡いだ世界観(「ともだちの家はどこ」など)を思い出させてくれた。
ピンチの時も見捨てないでサポートしてくれる親族の絆、これはムスリム社会のポジティブな面なのだろうか。
「お前、意外と馬鹿だな」→「だから刑務所にいるんだ」のやりとり。唯一吹き出しそうになった場面だった。
冒頭とエンディングが韻を踏んでいた。
イランの法制度はどうなってるの?
これまでのファルハディ作品と同様に、小市民が主役の心理サスペンス。説明調のシーンやセリフがないので、最初は人間関係の把握にとまどうが、段々とそれぞれの関係性やキャラクターがわかってきて、ドラマに引き込まれていく。
それにしても、イランの法制度はどうなっているのだろうか。借金を返済して示談が成立したら刑務所から出られるって、民事と刑事が一緒なの?受刑中でも休暇があって、外泊できるって?ただ、そのようなイラン社会の仕組みだからこそあり得る虚実のドラマを作り上げているので、ある意味エキゾチック感覚で楽しむことはできた。拾った金貨を警察に届けない、囚人の減刑のためにチャリティするといったことも。
ファルハディ作品では、物語の鍵となる肝心な部分がわざと描かれず、その周りを登場人物たちが右往左往するさまが描かれる。だから、スッキリしないし、カタルシスもない。しかし、的確なカット割りと滑らかなカメラワークで、ついつい時間を忘れて見入ってしまう。あと、子供が印象的。今作では特にそこがクローズアップされていた。
すべて見終わると、主人公の彼女が拾ったという金貨そのものが幻だったような気がする。
アホばっかり
イランのシラーズで、ラヒムは借金を返せず訴えられ刑務所で服役していた。そんなある時、休暇で2日間の仮出所を得て婚約者に会うと、17枚の金貨を拾ったと知った。換金したら借金を返済出来、すぐに出所できるが、ラヒムは金貨を落とし主に返すことにした。その行為がメディアに報じられ、ラヒムは「正直者の囚人」という美談とともに賞賛されていった。ところが、実際は金貨を返してないのではないかとの噂がSNSで広まり、状況は一変した。金貨を返した女性がわからなくなり返却証明が出来なくなったラヒムは・・・という話。
SNSやメディアの取り上げ方もどうかと思うが、そもそも借金を返すと言いながら嘘ばっかりついて元義父から訴えられた自業自得の話しであり、全く共感出来なかった。
子供が吃音なのも関係ない話で、メディアに出す必要もない。
口約束で何の証拠も取らないのに動画だけはすぐにSNSにアップされる?じゃあ、お金を渡した所や、サインした書類を写メしとけよ!って思う。
アホばっかりで同情の余地無し。
くだらなすぎたが、これがイランの普通だとしたら勉強にはなった。
作られた英雄の悲劇
金貨が入ったバッグを持ち主に返したことで一躍時の人となった男の数奇な運命をサスペンスフルに描いたヒューマンドラマ。
監督、共同製作、脚本は「彼女が消えた浜辺」、「別離」、「セールスマン」のアスガー・ファルハディ。人間の欲望と悪心、イラン社会に根付く独特の秩序を巧み絡めながら展開される物語は今回も健在で、改めて氏の手腕に心酔してしまった。
ただし、今回はイランの法制度についての予備知識がないと少し分かりづらい内容かもしれない。主人公のラヒムは借金を返済できず債権者から訴えられて服役している。全額返済すればその罪は直ちに許されるらしいが、これは日本の法律では考えられないことであろう。
あるいは、服役囚のためのチャリティー団体が登場してくるが、これも日本では馴染みのないシステムではないだろうか。集められた寄付金は囚人たちのために使用することが可能なようである。
これまでにもファルハディはイラン社会に根付く独特の慣習や不文律をドラマの大きな要素として取り入れてきた。例えば、女性蔑視の歴史的な文化や、婚姻関係の司法上の複雑な問題等。我々からすると想像もつかないような規範と習性が、主人公たちの運命を翻弄していく。
今回ファルハディはイランの法制度や警察権力の闇、あるいはSNSが持つ社会的影響力といった所に着目し、それらをある種シニカルでナンセンスなユーモアとして描いて見せているような気がした。明らかにこれまでとは違った目付をしていて、自分はそこが新鮮に観れた。
それにしても、本作の主人公ラヒムは余りにも情けない男である。映画は彼の視座で進行するので、彼の境遇を同情的に見せているが、しかしよくよく考えてみると彼は小さな嘘をたくさんついているし、多くの人間を傷つけてきた。それらの罪に目もくれず、拾った金貨入りのバッグを持ち主に返したということだけを注目して善人のようになっていくこの状況は、どう見ても何かがおかしい。こういう状況を作ってしまったことの最大の原因は彼を祭り上げたマスコミや彼を利用した警察関係者にあることは間違いない。しかし、主体性がなく周囲に流されるがままになるラヒム自身にも原因があったのではないだろうか。彼は決して根っからの悪人というわけではない。しかし、決して善人というわけでもない。要は人が良すぎるのであろう。
中盤から、ラヒムを訴えた債権者が姿を見せるようになる。彼は借金を全額返済すれ罪を不問に付すと言っている。しかし、これも果たして本当だろうか?映画の中では描かれていないが、彼は裏でラヒムを陥れるような工作をしていた可能性は否定できない。ラヒムの再就職を邪魔したのは誰か?ということを考えれば、そう想像するしかない。
しかして、紆余曲折ありながら、二人の対立は深まっていくのだが、終盤で大きな事件が起こりラヒムの運命は決定的に暗転してしまう。こうなる前にどこかで歯止めがきかなかったのか…と考えてしまうが、やはりそれは無理だったのだろう。何しろラヒム自身が、至る所で選択ミスを犯してしまっているのだから…。すべては彼の心の弱さが生んだ結果なのだ。
ラストカットが印象深かった。この映像構図はラヒムの顛末を余りにも残酷に提示して見せている。観終わった後に色々と考えさせられた。
過去のファルハディ作品のセルフオマージュらしきものが散見できたことも、本作を観る上では楽しめた。
例えば、ラヒムの幼い息子が登場してドラマ上重要な役割を果たしているが、ファルハディ映画における子供の存在の大きさは「別離」や「セールスマン」を観るとよく分かる。子供は常に大人たちの醜い争いの犠牲となっている。本作も然りである。
また、本作ではバッグの持ち主を巡る謎解きドラマが挿話されるが、これなどは「彼女が消えた浜辺」のヒロインや「セールスマン」の”前住人”のごとく、終始ミステリアスである。”不在”が創り出すスリリングな作劇はファルハディ作品の魅力の一つだと思うが、そこに今回も引き込まれた。
着地点が見えない
サスペンスと打っておきながら、悪い噂を流した人も噂も払拭するような息子の証言もないまま終わってしまった。なんかスッキリしない。結局SNSは怖いと言いたいのか。それを乗り越える息子の証言と親子の絆を描いていればヒューマンサスペンスと言えるのにな
かけ違ったボタンは・・・
最後まで気持ちが晴れない展開でした。
しかし、最初から事実を辿って考え、すべてを正直に行動していれば全く違った結末になるのでしょうね。
警察の威信や好感度アップの材料に使われ翻弄される主人公の悲哀も感じますが、それも自分自身の汚名挽回の思いから出てしまったもので、褒められはしないもの。
役柄としては決して好かれるキャラクターではなかったかもしれませんが、一番正直でブレなかったのは金を貸した元義父だったのでしょうね。
自分だったらどうしただろうと考えさせてくれる作品でした。
緻密な脚本
アスガル・ファルハーディーの脚本はいつも緻密で内容がグッと詰まっている。今回も冒頭からテンポ良く始まり、程よい緊張感と集中力が途切れることなくエンディングを迎えた。基本的には善良だが、全く付いていない男がマズイ方へと追いやられて行く、とても気の毒な内容。どこにも救いがないだけに、もはや罪を素直に償うしかない。一つのハプニングが沢山の人を引き込んで取り返しが付かない状況へと追い遣る。誰も幸福にはなることなく、不幸によって辺りが関係者たちに降りかかるばかり。主人公の不幸が回りを巻き込む。この映画をジャンル分けしてみると、恐怖映画だと言えそうだ。
拍子抜け
タイトルからてっきり歴史映画と思ってましたが、話も登場人物もこじんまりとしており、それが拍子抜けで逆におもしろかった。ネットの世界が描かれていないことで「世間がどのように騒ついているのか」より「ネット世論がリアルへどれほどの影響を与えているのか」が感じられた。面接官があれ程警戒するのは仕方ないなと思う。
印象に残る画も結構あり、冒頭の恋人が階段を降りる軽快なカット、乱闘シーンでの第三者の目線、ラストの刑務所内外を対比させたシーンは今も記憶に残ってる。
英雄の証明を見て感じたこと
1 落ちてた金の扱いを巡り、マスコミやSNSに翻弄される男と周囲の人々の喧騒を描いた社会派サスペンス。
2 金銭トラブルで収監された男が主人公。映画の前段では、拾った大金を正直に持ち主に返したことが美談としてマスコミに取り上げられ、男は英雄ともてはやされた。表彰、寄付金や職の提供がもたらされた。
直後、ある噂がSNSに出回り、男の評価は暗転する。金の返却は嘘で、男はペテン師だと。男は返却した相手から受領書を貰わなかったため、相手方を特定できない。迂闊であった。男は名誉回復のため、返却相手の捜索をするが、事態は更に悪化していく。
3 本作では、マスコミやSNSなどメディアが持つ情報伝達力の功罪、情報の出どころや真偽が不明のままでも既成事実化するとひっくり返すことが困難となる恐怖、情報化社会の中では、何事にも裏付けを取るなど慎重に事を運ぶことの重要性が描かれていた。
4 ファルハディは、情報化の今日的なテ−マ取り入れ、面白い作品に仕上げた。筋立ては、後段の主人公が思惑どおりいかなくて精神的に追い詰められていく様は、見ていてしんどくなるほど優れていた。また、人物造形は役人や周囲の人々の役どころは的確であった。何事も脇の甘い主人公と用意周到な人事部長との面談は人物対比として面白かった。
5 主人公は人間的には優しいがちょつと弱々しすぎるように見えた。結局、周囲の人々はメディアをうまく利用しようとし、主人公はメディアに翻弄されてしまった。
それぞれのちょっとした事情でややこしい事態に
2022年劇場鑑賞102本目。
借金が返せず投獄されている男の恋人が金貨の入ったカバンを拾ったので、それで借金を返そうとするが貸主が全額でないと受け取らないとゴネたばかりに金策をしている間に良心の呵責で落とし主に返す事に。その話が刑務所の人達に知られ、取材を受けて英雄と持ち上げられるが・・・という話。
まずこのイランの司法制度に驚きです。借金返せず投獄されたらますます働いてお金を稼げないので貸主もお金返って来ないのに、なんて非効率的な制度なんだろう、と思いました。その後に出てくる死刑囚がお金を払えば死刑をまぬがれるという話も驚きで、イランでは金持ちは人殺し放題らしいです。
自分が困っているのに拾ったお金を返したというのは確かにいい話ではあるのですが、日本だとニュースに取り上げられるレベルの話じゃないですよね。この映画で描きたかった事は善意を疑われる事への理不尽さに対するモヤモヤした感情を主人公と観客に抱かせたかったのだと思うのですが、日本人からみた司法制度自体の欠陥や、最初はネコババしようとした事実、貸主の融通のきかなさ、落とし主の特殊な事情、周りの人々の配慮のなさなど小さな綻びがいちいちトゲのようにひっかかって感情移入しづらかったです。
現代の地獄
SNS社会である現代の地獄を凝縮したような映画だった…
他人の都合と気分で持ち上げられ、貶められ、本人は名誉挽回の機会も与えられない。
そりゃ悪いのは本人だし、いろいろいい加減過ぎるけどさ、それにしてもヒドくない…?
話のブチ切り方も、な…
横綱相撲
ファルハディはそりゃ世界的に認められて当然だなと思うぐらい考え込まれた脚本ですごいなと思っていたが今回もすごかった。SNSを扱うというのは、日本映画監督がここ最近しょっちゅうしていて、なんだ惹かれないなぁと思っていたのだが、SNSはそんなに扱ってなくて良かった。牢屋行かされるきっかけは義理兄だし、サポートしてくれるのも義理兄でこの義理兄の存在感がとても強いのがイラン社会の特徴なのかな。どちらのおじさんも存在感が素晴らしかった。イランが離婚できるというのに驚きもした。得意なテーマで里で撮ったからか、前作より良い。太ってる義理兄をはじめとする脇役の演出も素晴らしい。
どつぼ
最初、人間関係があまり理解できなかったが、観ているうちに関係性と共に主人公の背景も明らかになり物語に没入していく
落とし物のお金を届けただけで英雄になるイランのお国柄が伺えて面白い
知り合いの中国人が財布を3回落として3回戻ってきた、日本サイコ~と言っていたが、日本で落とし物を届けて有名になったのは昭和の一億円を拾った大貫さんぐらいだよ
地味な作品に映るのだが、ファルハディ作品はいつも面白い(観終ったあと誰かとア~ダコ~ダ語りたくなる映画)
吃音症の息子が泣けるセツナイ~
最後の左右のショットサイコ~!!
ところで、何を伝えたいわけ‼️❓
主人の行動や置かれた環境と展開は、もはや自業自得、それに、成り行き任せで無責任。
モテるような容姿で救われているが、間違いなく痛いやつ。
どこが、評価されてるのか、わからない、主題は何か。
コメディでも無いし、風刺でも無いのか。
金借りて刑務所とか、自殺隠蔽とか、死刑軽減が金次第とか、イランらしいといえば、らしい、けど、それが主題❓告発のための、傍系のストーリーなの❓
最後までわかりません、狐に化かされたような印象でした。
誰か教えてください。
気になったのはその法制度
人助けをすると素人がヒーローになることがある。ちょっと前にボランティアのおじさんが子どもを捜索中の子どもを見つけてヒーローになっていたことを思い出す。あの後しばらくはやりづらかっただろうな。
この映画では金貨の入ったバッグを返した男が描かれる。しかも返したのは借金で投獄されている囚人。一気に美談になるという流れだ。
その持ち上げ方も気持ち悪いが、ある事件をきっかけに評価がガラッと変わってしまう。ここで描かれるのはSNSの怖さや世間の評価の移り変わりではなく、人のことを信じられない側、人を貶めようとする側の行動だ。でも、主人公ラヒムは全く悪くないかというとそうでもない。悪人ではないのだがいろいろと間違えてしまうというアレだ。
なかなか面白かった映画なのだが、気になるのはイランの法制度。借金で投獄されたり、訴えた人が取り下げれば解除されたり、囚人なのに休暇が与えられ外出できたりする。さらにはお金をつめば死刑も免除されるみたいな描写もあった。この法制度、大丈夫なのか?
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