「虚実入り乱れる「ソ連世界」と「現実のロシア」を行き来することが表しているロシアの混沌模様」インフル病みのペトロフ家 シローキイさんの映画レビュー(感想・評価)
虚実入り乱れる「ソ連世界」と「現実のロシア」を行き来することが表しているロシアの混沌模様
舞台は2004年のロシア。主人公はインフルエンザに罹ってしまい、思い出となった幻想的なソ連世界を行き来するといった映画である。ソ連世界と90年代を含めた現実のロシアが頻繁に入れ替わる為、今見ている世界はどちらなのか判別しづらくなってしまう。視聴者の認識を揺さぶる世界の行き来はまるで「インフルエンザになった時にみる夢」と形容されるような情景を追体験させるようだ。しかし、この混沌模様はソ連崩壊後の90年代~2000年代の新生ロシアをみごとに表している。
新生ロシアは社会主義のソ連とは対照的に資本主義としてスタートしたわけだが、経済の低迷に伴う国有企業の民営化によって誕生したオリガルヒやロシアマフィアが跋扈して力をつける様であった。この時期はロシアの人々にとって「暗黒時代」と言われてるぐらいに忌避される時代である一方で、文学に目を向けると「エロ・グロ・ナンセンス」をモチーフにしたソローキンの小説やソ連世界と現実世界を行き来する『チャパーエフと虚無』を書いたペレーヴィンの小説が人気を集めた。ペレーヴィンの小説ではドラックの描写と幻想世界にある狂気がたびたび出る。このような時代では法が形骸化しているといった印象が人々にはあったのだろう。つまり「力があればなんでもあり」といった世界である。一方でソ連世界はノスタルジーの世界である。そこでは暴力は現れず、均整の取れた社会が出てくる。これはソ連世界が「安定の時代」であったこと、少なくとも人々はそのように考えていると読み取れるのではないか。
訳の分からない映画という印象も受けるかもしれないが、この映画で描かれている世界が90年代と2000年代の現実である。そのように思い描くと混沌模様とそこにある狂気が何をメタファーとして機能しているのか面白く見れるだろう。