「一人の女性の心を純粋に描き出している」前科者 R41さんの映画レビュー(感想・評価)
一人の女性の心を純粋に描き出している
主人公の阿川佳代は保護司。国家公務員でありながら報酬のないこの仕事を通じて、自分自身に向き合っている。
彼女の心の奥にある闇は、保護監察中の前科者と変わらないということが、ミドリの発言で気づかされる。
ミドリが借りようとした本の中に書かれた落書き。「殺す、殺す、お前だけなぜ生きている」
慌ててそれを取り上げる阿川。
「私にも他人に入って欲しくない場所がある」
「へ~、私って他人だったんだ」
阿川自身の心の闇に気づいた瞬間だ。
加えて工藤の事件によって、保護司という仕事の難しさが身に染みて分かる。「更生には何が必要なのかわからなくなった」
それはミドリが言った「警察も検察も弁護士も裁判官もみんな同じことしか言わない。さも社会の代表ぶっているけど、私たちみたいのがいるから偉そうにしてられるんだ」という言葉には、事なかれ主義の体裁上、前科者には何も感じないことが伺える。
阿川は、私も同じだということに気づかされる。どこか斜に構えていたのだ。
そして阿川がそこまでする理由が最後に語られる。
滝本に対し「なぜ、お前だけ生きている?」と書いたの?
滝本はそんなことはもう忘れたように「えっ?」ととぼけたように答えるが、阿川は「保護司になることが私が出した答えなの」という。
原点に立ち返ったのだ。それが阿川が工藤を諭した場面でも使われる。
エネルギーの伴った言葉には力が宿る。阿川の言葉に泣き崩れた工藤。
警察側の挙動に多少難ありな部分もあるが、
一人の女性の過去のトラウマ、それに向き合ってきたつもりだったがいつのまにか吞まれていたことに気づく。
原点に立ち返って再びトラウマと向き合えたことで、消せた落書き。
そこに下手な恋物語がないところがさわやかだ。
阿川は中学時代に起きた不幸な事件と当時の彼が持ってしまった怒りの矛先を知ったことで、自分自身の中に闇を作った。
保護司になってそれに向き合ってきたつもりだった。しかし現実はそうではなく、逃げていたことに気づいた。だから本気で修正する気持ちになった。
この作品は、単純な核と装飾されるべき部品がうまく収まっている基本的な構造をしているが、的が阿川一人に絞り込まれていて、わかりやすさと共感をうまく引き出すことに成功している。
とてもいい作品だった。