「例のイベントによって平穏な暮らしを奪われる人々の生活を優しく見つめる映像に宿る静かな怒りが印象的な80分」東京オリンピック2017 都営霞ケ丘アパート よねさんの映画レビュー(感想・評価)
例のイベントによって平穏な暮らしを奪われる人々の生活を優しく見つめる映像に宿る静かな怒りが印象的な80分
2020年に開催予定だった某イベントに向けて建て替えが決まった国立競技場に隣接する都営霞ヶ丘アパートに関するドキュメンタリー。解体途中のアパートを捉えたポスターイメージからもっとセンセーショナルな作風を勝手に想像していましたが、高齢の住民の皆さんが淡々と転居の準備をする様を一切のナレーションなしに見つめる80分。手持ちカメラの映像は見当たらず、しっかりと定められた構図を捉えて固定されたカメラで切り取られる日常にはそこにある生活の息吹が感じられるかのように繊細。都や政府に立ち退きので中止を訴えるも何も変わらない冷淡な対応に憤りを感じながらもお互いに声を掛け合いながら身辺整理をする皆さんはとても慎ましく知的で理性的。前の五輪でも老朽化した住居から立ち退きを迫られて転居した場所からまた同じイベントで立ち退きを迫られ、二度も五輪に生活を奪われる気持ちが解りますかと静かに怒りを吐露する様は胸に突き刺さります。敷地内にある商店、外苑マーケットを切り盛りする夫婦と買い物客の何気ない会話。小さな公園からジグザグに切り取られた夜空を見上げる外苑花火大会。町内会で保存されていた集会室での記録フィルム上映会。そこにあるのは息が苦しくなるほど懐かしい昭和の風景。先日老いた母が独り暮らす実家が立ち退きさせられたこともあってスクリーンに映っているいくつもの生活が二度と戻ってこない自身の郷愁と重なって涙が溢れました。終幕とともに現れるテロップに滲んだ静かな怒りを眺めながら、半世紀を経ても何ら変わらない行政の怠慢を正すために私達に何が出来るだろうかと深く考えさせられます。
登場する皆さんの誰もが素敵な人ばかりですが、特に印象深かったのは腕に障害を持ったおじいさん。LG製の液晶テレビの両脇に小さなスピーカーを配置しているご自宅が映り込んだ時にこれは拘りを持っている人だなと直感しましたが、カットが切り替わったところで映り込んだのがPearlのドラムセット。普段の服装もさりげなく洒落ていてダメージジーンズも粋に着こなしているし、狭い裏庭で農作業をする傍に退屈そうに寄り添う猫と絶妙な距離感で対峙する姿もスマート。このおじいさんの生活だけを見つめるスピンオフが観たいと思いました。