「“ありえたかもしれない”が狂気を招く」ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス himojoさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0“ありえたかもしれない”が狂気を招く

2025年2月12日
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泣ける

知的

自分の不幸を受けてアイデンティティ喪失するワンダとストレンジの対比が絶妙に巧いです。

愛する女性と結婚できなかった男の父性と愛する息子たちを喪った女の母性の狂気の激突をマルチバースの設定にうまく落としています。満たされない心を本来なかったはずの可能性のシチュエーションに重ねるふたりは似たもの同士。

ありえたかもしれない幸福な可能性の追求のなか、自己憐憫と狂気が一体であると知り、現世の自分と向い直そうとドクターは執着を手放そうと踏み出しました。この作品は狂気も一概に否定しません。現世の苦境を感謝できる試練として読み替え語るウォンが狂気に走るワンダを「別世界で幸せならいいだろう」と説得します。ウォンは憐れみと狂気が裏腹なのを理解しつつ、それが世界の守護者としての自分のアイデンティティを作ってきたと感謝しているからです。ワンダヴィジョンでは喪失し沈痛するのは愛する気持ちがあるからとヴィジョンは読み替えましたが、このメッセージに自然に涙が込み上げてきました。ワンダヴィジョンが愛の気づきであるならこの作品は慈悲の発見です。ドクターストレンジは東洋思想の流れを汲んだ作品ですからこの展開にとても納得できます。

イルミナティのシークエンスに関しては主軸のストーリー関わりがなくあまり上手くはないですがメインプロットの脚本の巧さは称えるほかありません。

himojo