「汝の選択を愛せよ。 アメコミヒーロー映画の立役者が描く現代の『白雪姫』。」ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
汝の選択を愛せよ。 アメコミヒーロー映画の立役者が描く現代の『白雪姫』。
スーパーヒーローが一堂に会するアメコミアクション映画「MCU」シリーズの第28作にして、天才魔術師ドクター・ストレンジの活躍を描いた『ドクター・ストレンジ』シリーズの第2作。
怪物に追われる少女、アメリカ・チャベスを保護したドクター・ストレンジ。彼女はある特殊能力を有しており、それが原因で命を狙われていた。
事態を重く見たドクター・ストレンジは、助力を得るためアベンジャーズの仲間であるワンダ・マキシモフの下を訪ねるのだが…。
監督は『死霊のはらわた』シリーズや『スパイダーマン』シリーズのサム・ライミ。
原作はスタン・リー。
○キャスト
スティーヴン・ストレンジ/ドクター・ストレンジ…ベネディクト・カンバーバッチ。
ワンダ・マキシモフ/スカーレット・ウィッチ…エリザベス・オルセン。
クリスティーン・パーマー…エリザベス・オルセン。
新しいキャストとして、ストレンジの前に現れた謎の女クレアを演じるのは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『ワイルド・スピード』シリーズの、オスカー女優シャーリーズ・セロン。
製作はケビン・ファイギ。
サム・ライミは帰ってくる。
昨今のアメコミ映画ブームの立役者、サム・ライミが遂にMCUへ参戦!✨
ライミ版『スパイダーマン』(2002)世代としては嬉しい限り♪
さて、本作はMCUの第28作目。
しかし、これまでの作品と大きく違うところが一点ある。映画作品だけではなく、ドラマ作品とも強く結びついているのである。
「MCU」=「マーベル・シネマティック・ユニバース」は「シネマティック」と冠しているものの、シリアルドラマ作品も数多く存在している。
とはいえ、やはり物語の中心となるのは映画作品であり、これまでの映画では別段ドラマを鑑賞していなくても問題は無かった。
しかし、本作は先行して配信されているドラマ『ワンダヴィジョン』(2021)の直接の続編であり、これを観ているのといないのとでは、物語の飲み込みやすさがかなり違ってくるのではないだろうか。
なんて書いておきながら、実は『ワンダヴィジョン』は未見。MCUはコンテンツが多すぎて、ドラマまで観ている余力無し…😅
『ワンダヴィジョン』を観ていなかった為、ワンダとストレンジの再会シーンでの会話には「?」となってしまい、それが多少のノイズになったことは否めない。
とはいえ、二人の会話の内容から「ヴィジョンを喪った悲しさからワンダがとある大騒動を巻き起こすも、最後は自らの手で落とし前をつけた」みたいな出来事があったことは推察出来る。
序盤こそ少々戸惑うが、『ワンダヴィジョン』を観ていないと訳分からんという感じではなく、映画作品さえ追っていれば十分楽しめる内容になっていることは間違いないと思う。
この映画、個人的には大満足♪『エンドゲーム』(2019)以降のMCU作品の中ではダントツでお気に入り。
過剰なまでのホラー描写や、ストレンジvsストレンジの魔術対決、まさかのキャラクターのゲスト出演など、とにかくお楽しみ要素が満載!
今まで観たこともないような映像表現に溢れており、これぞ娯楽映画だと膝を打ちたくなる出来栄えでした!!
映像的な愉しさもさる事ながら、本作は込められたメッセージが素晴らしい!✨
MCU作品の主人公には中年のオジさんたちも多いですが、基本は青少年向けのコンテンツ。まさかそのMCUで、ここまで「中年の危機」を真正面から描いてくるとはっ!
仕事人間として猛烈に働いてきたオジさんが、ふと立ち止まって自分の手の中を見てみると、かつて望んでいたものと全く違うものが握られている。
泡沫の如く消え去った数々の選択肢、こうありたかったという自分の理想像…。
ふと自分の人生はこれで正しかったのだろうかと思い悩み、その結果長い時間をかけて築き上げたアイデンティティが揺らぎ出す。
このような「中年の危機」に真正面から向き合う事になったのが今回のドクター・ストレンジ。
愛した人は他人の女房。魔術を極め世界を救えば幸福になれるかと思っていたが、いざ振り返ってみればそこにあるのは虚無感のみ…。
この寂寥感こそが今回のドクター・ストレンジの魅力だと思うのです。
そんな孤独な男が、過去の選択を悔やむのではなくそれをただ受け入れ、そしてその選択を、ひいてはその選択をした過去の自分を認めてあげる。
そうする事で喪失したアイデンティティを回復し、再び前を向いて歩み始める。
一人の中年が回復する過程を、激しいアクションとホラー演出に溢れた娯楽大作で堂々と描き切る。その思い切りや良し!
ただの楽しいヒーロー映画というだけでなく、そこから一歩踏み込み、人間が内側に抱える傷とその癒しを描いた大人なエンタテインメント作品に仕上がっておりました😊
初めはネクタイすら魔術で結んでいたストレンジ。しかし、物語のクライマックスでは自らの手で、壊れた時計を修理します。
時計の針を前に進ませることが出来るのは、自分以外にはないということが端的に表現されているクライマックスは見事!!
また、ドクター・ストレンジがアメリカ・チャベスに対し、「能力」をありのまま受け入れろと告げるシーンには甚く感動してしまいました🥲
その能力によって引き起こしてしまった悲惨な過去も、今の自分を形作る大切なピースなのだというメッセージは、過去を無かった事にするとか能力を「治療」と称して消し去ってしまうとか、そういう幼稚な描き方とは一線を画す非常に成熟したものであると思います。
本作のメイン・ヴィランであるスカーレット・ウィッチ。
彼女の闇堕ち展開にはかなり驚きましたし、ワンダのファンの中には本作の展開を受け入れ難いと感じる人もいたのではないでしょうか?
叶わなかった夢。その現実に押しつぶされて悪の道へと染まってしまったワンダ。
ドクター・ストレンジとスカーレット・ウィッチは、同じような心の傷を抱えた存在であると言える。
そんな彼らをヒーロー/ヴィランと分けたものは、過去を受け入れることが出来たかどうか。
現状がどうであれ、道を踏み外さないためには過去の選択も含めて自分を肯定してあげる事。過去を変えることは出来ないのだから、それしかないんです。
スカーレット・ウィッチが別世界のワンダの下へと送られた時、彼女の子供たちが観ていた映画は『白雪姫』。
『白雪姫』には自らの心を満たす為には他者を殺すことも厭わない、魔法を操る極悪な女王様が登場する。
自分の幸福を願うがあまり、他人の命をも踏み躙る本作のスカーレット・ウィッチはまさに『白雪姫』の女王様そのものである。
しかし、その一方で王子様のキスにより永遠の眠りから目覚めた白雪姫は、ヴィジョンとの出逢いによって深い孤独から目覚め、愛の意味を知ったワンダの人物像そのもの。
白雪姫と女王様、対極のキャラクターのように見えながらも、実はワンダ・マキシモフという一人の女性が内包している両面性を表している。
白雪姫のような清らかさ、女王様のような残酷さ。その両面を人間は有しており、きっかけ一つでどちらにも転ぶ事があるということを、テレビに映る『白雪姫』によって暗に提示する。
このあたりの描写の巧さには舌を巻きました。
ワンダとストレンジ。MCU作品を追っている人間からすると、そのどちらにも感情移入してしまう。
かなり残酷な物語ではありましたが、見応えたっぷりの一作であったことは間違いはないでしょう。
これまであまり思い入れの無かったストレンジのことを大好きになれたこの一作。MCUの今後は任せた!
多くの滋養を含んでおり、観た後に心が強くなったような気持ちになれます!ありがとうドクター・ストレンジ💕