「映画宣伝者の苦悩」キャッシュトラック Chuck Finleyさんの映画レビュー(感想・評価)
映画宣伝者の苦悩
打ち損ねのフライだが、好打者ガイ・リッチーを警戒しすぎた深いレフトの守備位置に助けられてポテンヒットでなんとか1安打、のような印象の映画だった。なので低めの2.5。
ただこれは、ステイサム映画に多い元々超ハードボイルドな男の更に過激な数日間、そして普通にハードな日常に戻るのようなキレのあるアクション小品として見た場合、3.5くらいにはなるでしょう(あまり変わらない?)。私的にはジェイソン・ステイサムの安定した演技と画面・物語進行のかっちり感は十分楽しめたので、もっと点数盛りたい気分もありますが。
一方たしかに説明的場面やタネ明かし、エンディングなど、あっさり過ぎる感もあります。しかしそれも映画の原題名をテーマとして考えれば、監督さんはそれらを故意にドラマチックにしなかったようにも思えました。この映画は製作・キャストへの期待感の割に客入りが悪いようですが、それは製作者の意図を伝えず邦題を敢えて「キャッシュトラック」とした映画宣伝側の功罪が出てしまったと感じました。
本作の原題は”Wrath Of Man"。warthは「憤怒、復讐せずにいられない激しい怒り」を示す文語的な英語です。そしてWrath Of Manは特に欧米人には直感的に、”Wrath Of God"つまり「神の怒り・神罰」との対比を想起させる言葉でしょう。映画でも有名な"Aguirre, Wrath of God"(1972)がありますが、こちら邦題は「アギーレ・神の怒り」とそのまま直訳です。
つまり、この"Wrath Of Man"を観る一般的な米国人は最初からこの映画が、「男の、または人間の許し難い憤怒」について描いた作品だろうと思って映画館に足を運んでいます。彼らからすれば、題名に反し極めて穏やかなステイサムと下世話な警備会社風景の冒頭部を見て、かなり不思議に感じるでしょう。良く解釈すればここで”意外な初期展開”に引き込まれたあと、予期したとおりストレートな「人の度し難い怒り、その復讐」を観るわけです。がっかりするほどのあっさりや物足りなさは感じないかも知れません。
一方日本の観客は「キャッシュトラック」(劇中では現金輸送車をmoney truckと呼んでますが、「マネートラック」だと金融犯罪モノか「マネーボール」風の軽妙な映画と取られると思って変えたのでしょうか?)のお話と思って見始めるので、冒頭の警備会社入社も新人いじりも特に不思議とは感じません。逆に「銃・格闘の達人なのに上手く入り込んだな、主人公は騙しを楽しんでいるのか?」くらい思うでしょう。後から考えれば、彼には場違いの警備員を楽しむつもりも余裕もなくただ一心に仇を討つ機会を待っているに過ぎません。「現金輸送車を襲うか護る格闘達人・ステイサム」のお話を観ている日本の観客にとっては、映画の中盤〜クライマックスと話が唐突な悲劇と粛々と進む徹底復讐になるのを「あれ〜?ステイサムはトランスポーターとかバンク・ジョブみたいな役どころじゃないんだ、復讐か〜そーだよなーお子さんお気の毒」と軌道修正しているうちにスパスパと話が進み、あっさりと終わってしまう(主人公は息子の仇討ち以外一切関心ないので矛盾もなし)ので、あれ?確かにりっぱに仇討したけどこれで終わり??となるのも自然な感想でしょう。
映画宣伝の邦題決定者からすれば、”Wrath Of Man”から邦題「人間の怒り」ではアクションスターの90分映画にはいかにも重すぎ、何とか映画館に足を運んでもらうため「トランスポーター」「メカニック」シリーズでクルマ仕事人のイメージもあるジェイソン・ステイサムに掛けて「キャッシュトラック」としたのかも知れませんが、結果的に映画製作側と観客の両方をある意味確信犯的に裏切ってしまったと思います。私だったら「襲撃: 男の怒り」とかブロンソン風にしますが、どうかな?
ただその邦題決定のおかげで本作が日本で劇場公開しない「ビデオスルー」化を避けられたのであれば、それはそれで評価されて良いと思いますし難しいところです。そんな本作ですが、私はこれを劇場で観ようか迷ってるうちロードショーが終了し後悔していたところ、あっという間にAmazon Primeに出てきて鑑賞した次第。皮肉なものです。
追伸、この作品には私の大好きなマイケル・ウェスティン、じゃなかったジェフリー・ドノバンがそれなりに抑えの効いたイイ役で出ています。そのイイ部分(襲撃グループ側の事情・日常)は、「敵討ち以外に興味なし」の主人公と全く絡むこともなく、それが上述の作風上の意図かも知れませんが、ファンなので端的に残念でした。"Burn Notice"続編観たいなぁ‥。