「答えはないけれど」スーパーノヴァ Francis Bebeyさんの映画レビュー(感想・評価)
答えはないけれど
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この物語は、観るこちら側の「認知症患者への介護経験の有無」で感想が大きく変わる作品だろう。たとえ病状が進行しても、すべては忘れない、忘れることはできない。想像を絶する生命の波紋に共に揺るがされる激動の日々を経て、そしてそれがいつか穏やかな慈しみの時間へと変わる。死はその終着点。私の経験ではそんな想いに至った。
コンサートを終えてサムがあの家に帰ると、何気ない顔をしたタスカーが「おかえり」と微笑む。幾度となくあったこれまでの様に夕飯の準備をしながら、でも少しばかりの失敗もしながら(例えばシチューの塩味が強過ぎたり?)。
昨日の続きの今日にはいろんな今日がある。すっかり病人になってしまったかと思う日もあれば、まったくもって真っ当な意見でこちらに注意勧告してくる頼もしい日だってある。決して世界のすべてが変わってしまう訳ではない、いつだって昨日の続きの今日なのだ。病気であろうとなんであろうとそれは決して変わらない。
サムとタスカーの思い出を巡る旅は終わっても、ふたりの生きる日々はこれからも続いてゆくだろう。いろんな今日を越えて、まだ見ぬ明日を夢見つつ、今夜も狭いベッドの中でふたりは眠る。今までにない新しい素敵と決意と覚悟を抱えながら、いつかたどり着くその先の終着点まで。
と、そんなエピローグだったらいいなあ、なんて思ったり。その答えは観る人それぞれ、ですね。
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