劇場公開日 2021年9月23日

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「見えないものに光を当て、隠されたものを浮かび上がらせるという、写真家の使命が伝わる一作。」MINAMATA ミナマタ yuiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5見えないものに光を当て、隠されたものを浮かび上がらせるという、写真家の使命が伝わる一作。

2021年9月24日
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鑑賞方法:映画館

写真家ユージン・スミスが遺した作品群は、間違いなく写真史上に刻まれる業績の一つですが、中でもとりわけ胸を打つのは、やはり水俣病患者とその家族を写した写真です。

本作はほぼ全編、ユージン・スミス(ジョニー・デップ)の視点から、後に写真集『MINAMATA』につながる取材の過程を描いています。フィルムを模したような独特の色調と風景の美しさが印象的ですが、圧巻は映画の一場面がまさに彼の作品へと変化していく瞬間です。

構図、表情、光の当たり方など、元の作品を再現した映像の完成度は非常に高く、この時は映画の観客ではなく写真作品に入り込んだようにも感じました。

もう一つの本作の白眉は、フィルムを現像し、印画紙に焼き付けていく暗室作業を捉えた場面です。本作は、むしろ現場で撮影している場面よりもこちらを重視しているのでは、と思うほどでした。

例えば冒頭でカメラはユージン・スミスが行う、露光時の焼き込み、覆い焼きの技法を写し撮ります。おそらくこの場面は、見えないもの、隠されたものを明瞭に浮かび上がらせるという、写真家としての彼の姿勢を象徴的に示しています。また現実の作業では独りで行うことの多い暗室作業を、本作では彼と、もう一人の別の誰かとの共同作業として行っています。本作は全体的に、ユージン・スミスの内面をあまり説明してはいませんが(電話での愚痴は除く)、その代わりこの暗室での共同作業の描写を通じて、酒浸りでそっけなく、憎まれ口も叩く彼が、実は人との繋がりを求めているという内面を豊かに描いていました。

本作は熊本県が支援したことを除いて撮影の許可や支援がなかなか得られず、いくつかの場面は日本国外で撮影したとのことです。時々石造りの建物が出てくるのはそれが理由のようです。だがそれを除いて漁村である水俣の風景描写には違和感がほとんど感じられないところは見事でした。

ジョニー・デップ演じるユージン・スミス像は、身近にいたらなかなか気苦労が絶えなさそうな人物として描かれていますが、実際の彼の言動と比較したら、これでもかなり抑えた描写となっているようです。どんなだったんだろう…。

日本でなかなか支援が得られなかった理由の一つとして、水俣病の実態が忠実に得られていない、という批判もあったようですが、エンドロールまで観ると、本作の制作陣は少なくともこの問題を軽々に扱っているわけではないことが理解できました。

yui