「雰囲気と演技は良いが… ※ネタバレは纏めて最下部」リトル・シングス alalaさんの映画レビュー(感想・評価)
雰囲気と演技は良いが… ※ネタバレは纏めて最下部
レンタルDVD、ひっさびさの字幕視聴。
ある意味「映画」として作ったのは正解で、映像を味わう作品ではある。
実力派俳優陣の演技が光る、緊張感はあるがほとんど起伏のないストーリー、最後まで淡々とした雰囲気も、これはこれで味だと思う。
内容は、何を期待して見たかにもよるが、人によってはラストが案外あっさりだな…と感じてしまう人もいると思う。かく言う自分も見終わってすぐは全然理解できておらず、「で???」でした。笑
鑑賞後何日か経ってレビュー書こうとしたら記憶が薄れてたので、今一度ネットで調べたら、内容を文字起こししてくれてる人がいたので、それを読んで初めてゾワッ…でした。
でも、ちゃんと見てたはずなのに観賞中はよくわからんかったし、他のレビューを見てもほとんどの人が理解できていなかったようなので、この評価(^^;
ちゃんと台詞の一言一句見てないと理解できなくなるし、理解できないと途中でつまらなくなって集中切れると思います。一緒に見た家族も途中で飽きて、途中でトイレに行ったりお茶入れたり…で、終わったら「よくわからんかったしとにかく暗いしつまらんかった」と言われましたw
あくまでサスペンスでありミステリーではないため、視聴者が犯人を推理する、殺した理由を推理する内容ではありません。台詞でわざとらしく状況説明するような、ありがちなアホっぽい表現じゃなく、演技派を集めて説得力出したのはとても良かった(理解できなかった奴が言うことでもないが)。
説明過多の作品はもう、アニメでもドラマ何でも、もうお腹いっぱい…(理解できなかった奴が以下略)
本作は2021年、このコロナ禍に公開したうえ、配給のワーナーが起こしたストリーミング問題のせいか、日本では劇場未公開・DVDスルー。
映画としてはごく最近の作品ではあるんですが、実は脚本自体は1993年に監督自身が書いたものだそう。そのせいか物語は1990年の設定で、出てくる物(携帯もメールもない!)や警察の捜査の仕方など見ているとアメリカンレトロを感じられ、この辺も好きな人は好きかも。
ただ、話の展開がいちいち過去のクライムサスペンス作品と被る。脚本が1993年に既に書かれていたと知らなければ、人気映画の良いとこ取り映画とか言われそう。
クライムサスペンスを普段あまり見ない人なら、映像・演出・演技と揃った本作を見て、決して後悔はしないであろう良い出来ではあるけど、本作は「過去に類を見ない」から絶賛されるタイプの内容だと思う。
クライムサスペンスといえば『セブン』が伝説になっているが、同じカテゴライズで「伝説」が1本出てしまうと、その1本は草分けとして評価され、その後の作品は「伝説」と否応なく比較され逆に評価が厳しくなりがちで、本作もそれに引っ掛かってしまった感じ。本来ならもっと評価されていたのでは。言ってる自分の評価も阿呆で理解できなかったせいで☆3.5だけど、自力で理解してたら☆4はつけてたと思うし。高尚な映画は高尚な人が見ないと理解できないんや…
1993年にすぐ映画化されてればもっと絶賛されてただろうと思うと惜しくもあるが、ゴタついてる間に『セブン』公開、伝説になってしまったために、暫く公開を控えたんだったりして。
血糊あり、グロシーンはほぼなし。遺体が映るがほぼ小綺麗な遺体のみ。遺体の女性ヌードあり。終始、俳優陣の演技と撮り方で不気味さを演出しているため、わざとらしい不快演出(ドッキリ・突然の大音量・グロ・エロ・虫の大群)はなし。
あらすじ:
ディーコンは大都会ロサンゼルスで有能な刑事として働いていたが、後に未解決に終わる事件を担当したことで人生を狂わせ、事件に執着するあまり心臓病を患い、キャリアを捨て、離婚し子供とも離れて片田舎で保安官をしながら一人ひっそりと暮らしていた。ある日昔の職場を訪れたディーコンは、そこで優秀な若手バクスターと出逢う。あまりに評判の良いディーコンに対し「自分は穴埋めとしか思われていないのでは」というライバル心と、純粋にディーコンの実力を知りたいという好奇心がせめぎ合うバクスターは、担当事件の証拠集めにディーコンを誘う。現場に赴いたディーコンは、昔自分が担当した事件と同じ手口と気付き、再び事件に執着していく。一方バクスターはディーコンを信頼するようになるが、署長からは「ディーコンに近付き過ぎるな」「証拠の一つも見つけられないならFBIに捜査権が移る」とプレッシャーをかけられ焦り始める。
序盤からうらぶれた雰囲気の主人公が出てくるので、もう勢い良くこっちのテンションも下がる本作ですが(笑)、最後までこの調子。まあ話の根幹は連続殺人事件なので、明るい話になりようがないんですが…
厳めしいおっさんなのにたまにやたら朗らかな笑顔を見せる主人公ディーコン役は、皆さんご存知、立ってるだけで安心感ハンパねえ男代表デンゼル・ワシントン。優秀だけど神経質で繊細なバクスター役は、『ボヘミアン・ラプソディ』で主演を務め今を時めくラミ・マレック。全国から「気持ち悪い」の声が届いた容疑者スパルマ役は、『スーサイド・スクワッド』で史上最も影の薄いジョーカーを演じたジャレッド・レト。
ちなみにアメリカ版の本作のポスターが非常にオシャレ。日本のポスターは…まあ、わかりやすいけどさ…
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以下
ネタバレ
あり
(『セブン』(1995)のラストにも触れています)
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犯人なんてどうでもいい、という作品。何見ても推理したがる人はブチギレそう。
刑事が犯人を追っているようでいて、実際にはベテラン刑事で「優秀」なディーコンが精神的に弱いエリート刑事バクスターを嗾け、利用し、過去の事件に関する懸念であったスパルマを消し、証拠隠滅することでディーコンだけが満足(「幸せ」ではない)するエンド。
変人容疑者スパルマの家をどれだけ調べても、警察の無線を盗み聞きしたり、新聞等の切り抜きで異常なほど猟奇殺人のニュースを集めていることがわかるだけで、殺人の証拠は見つからない。ラストでスパルマを殺してしまった後のバクスターが、スパルマに言われた場所でいくつもいくつも穴を掘り続け、結局何も見付けらなかったところをわざわざ引きで映しているところから見ても、スパルマは犯人ではなかったということなんでしょうね。
視聴者側が最初から最後までディーコンを主人公と思うようにできているけど、結局のところ、どちらかというとバクスターが主人公でディーコンが悪役なのかも。正直、スパルマはただの脇役だと思う。あれだけ出てきて狂言を繰り返してた割に存在感もないし。
結局、犯人はスパルマだろう、ではなく、スパルマであってほしかったんですよね。主にディーコンが。
恐らくあえて、登場人物の誰にも感情移入させないようにできているので、途中までは非常に淡々としています。
ディーコンが昔担当していた売春婦連続殺人事件と同じ手口で、またしても女性が殺されたことから物語は始まります。
序盤から、この事件に関わる中でディーコンに「何か」があったとすぐわかりますが、何があったのかはラストまで明かされません。そしてその「何か」がバクスターにも受け継がれていく…というのがメインストーリー。
結構レビューにも書かれまくってますが、ほんと『セブン』と雰囲気被ってますね。本作の脚本は1993年、『セブン』は1995年の作品なので、わずか2年差。本当に、1993年当時すぐに映画化していたら…という気持ちは拭えません。
今となっては…感がありますが、先に本作が公開されていたら、こちらが名作扱いされていてもおかしくない気がします。1993年にこのクォリティで映画化されてたらの話ですが。
こちらの方が話が複雑で、その分わかった時の絶望感凄いですが、『セブン』はあの陰鬱で重い雰囲気の割には、実は内容はかなりシンプルなんですよね。勿論そのシンプルさ故に伝わりやすく、伝説になった部分もあるだろうから、「二大巨塔」みたいな扱いになってたかもしれません。
『セブン』のあの延々と最初から最後まで漂ってる不気味さ・陰気さは秀逸すぎて、未だあれを超える表現の作品は見たことないですが、あの視覚的な不気味さ・陰気さの演出が本作にもあったら、本作は本当に最強だったかも。
しかし、あの売春婦を撃ってしまうとこ…うーん…正直、いつ犯人が出てくるかわからない現場に急行して、目の前に突然人が飛び出してきたら撃っちゃうよねえ。もちろん「仕方なかったよね」じゃ済まないし、許されないんだけど、あの緊張の場面で無言で突然勢いよくガサーーッ!!って飛び出してきたら、自分も撃ちます多分。
ともかくディーコンは、バクスターに誘われて行った先の事件現場がその昔のトラウマ事件と全く同じ手口と気付き、のめり込んでいく。手口は同じでも殺されているのは売春婦ではない。でもディーコンはどうしても過去を清算したい。自分が罪の意識から逃れたいから。そして、大抵ヒーローものなら誰かが止めてくれるはずの主人公の暴走を、バクスターは加速させてしまいます。
というのも、バクスターはバクスターで、神経質で繊細な性格をしており、すぐ人に思い入れてしまい、ディーコンを止める力なんてない。
序盤で彼は、署内で有能と評価されながらも「ディーコンの代わりなのでは」と署長に対し疑念を口にします。そしてその後、担当事件の犯人はおろか、ヒントとなる証拠すら見つけることができず、「このまま何の成果も出せないなら、この事件は数日後FBIの管轄になる」と署長に言われてしまう。焦るバクスターは、管轄外のディーコンの力を借りてでも、何としても犯人に繋がる証拠を見つけ出そうと躍起になり始めます。
バクスターはディーコンと同じ心臓病を患っていることも示唆されており、余計にディーコンに思い入れてしまう。定期的に薬を飲まねばならず、精神的プレッシャーと病気と戦いながら天使に祈る毎日で、とてもディーコンのことまで気遣える余裕はない。
バクスターは「愛と赦し」を掲げる宗教(天使)を信仰しており、不安そうな顔で目を閉じ必死に祈るシーンが何度か出てくる。むしろバクスターが「助けてほしい」状態なのです。
ディーコンはとにかく過去と決別したいためにバクスターを利用する。そしてバクスターは、ディーコンの能力を利用してでも早く事件を解決したい。
そのディーコンの能力というのが、「些細なこと」に気付く鋭さ。この些細なこと(=The Little Things)がタイトルに繋がってくるのですが、作中で何度も使われるこの「些細なこと」という言葉が徐々に重みを増していくのがじんわりと絶望感を煽ります。
後日、ディーコンからの荷物に入っていた髪留めをしげしげと眺め、そして"No Angel"のメモを見てうなだれるバクスター。バクスターの宗教の教義は「愛と赦し」でした。「天使なんていない」=「罪が赦されることなどない」という、長年罪に苦しんだディーコンからのメッセージ。そして「繰り返される」という台詞。家族構成も全く同じなんですね、この2人。
バクスターみたいな性格の人は隠蔽せず罪を償った方が、本人のためだったでしょう。精神的に耐えられなさそう。
死んだ女性霊のうち、1人だけがディーコンの足に手を絡ませてるのも、そういうことか…
3つの事件に関わりがあるなどと実は全く示されておらず、誰かがそうあってほしいと望んでいるだけ。なのに視聴者はディーコンが主人公だと思い込み、彼目線で物語を見ているから、ぼーっと見てると事件が本当に全て繋がっていると勘違いしてしまう。関わりない事件を一緒くたにして犯人が見付かるはずもないのに、都合の良い人間を犯人に仕立て上げ、自分の気が済めばそれで良い。筋が通っているのではなく、筋が通るようにでっち上げる。そんな刑事の話。
些細なことで人生は変わってしまう…実際には、些細なことだと思いたかっただけなのでは。