「そして、バトンを受け継いだ」そして、バトンは渡された 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
そして、バトンを受け継いだ
2019年の本屋大賞受賞作である“令和最大のベストセラー”小説の映画化。
何やら物語に“秘密”があり、原作既読者からも映画鑑賞者からも感動ポイント。
どんなどんでん返しかと、開幕から色々色々予想しながら見た。
義父・森宮と2人暮らしの女子高生・優子。
父の再婚相手・梨花と暮らし始めた少女・みぃたん。
血の繋がらない2組の親子の物語が交錯して進行。
おそらく、どちらかが過去で、どちらかが現在。これはすぐに分かった。
直感で、梨花とみぃたんが過去。優子と森宮が現在。これは一応当たった。
では、この2組の親子はどんな関係性か…?
まず思ったのは、みぃたんと優子は同一人物。少女時代がみぃたんで、成長したのが優子。“笑顔”とか“ピアノ”とか、繋がるヒント。
…でも、それじゃあシンプル過ぎる。いったんこの予想は置いといて、別の予想。
みぃたんは優子の実母の少女時代。梨花は優子の祖母。
実は3世代に渡る親子の物語。
実際、梨花とみぃたん編では携帯は登場せず、“手紙”などアナログ雰囲気。優子と森宮編では台詞でLINEとか、あるシーンで“平成○年”の垂れ幕とか。
…と思ったら、梨花と森宮が会うシーンがあって、あれれれれ~!?
この線はナシ。中盤辺りから徐々に繋がりが色濃くなってきて、あの結婚式直前の子供いる告白で、遂に真相判明。
みぃたんと優子は同一人物。…って、最初の予想で良かったのかよ!
そういや予告編などで、名字が4回も変わったとか、父親や母親が数人とか言ってたっけ。シンプルに考えたら、そうだよな…。
あれこれあれこれ考え過ぎてしまったけど、お陰で開幕から集中して見てた分、気付いたらこの物語に入り込んでいた。
4回も名字が変わり、父親と母親が数人いるヒロイン、みぃたん=優子。(“みぃたん”の由来は、少女時代、“みぃみぃ”とよく泣いていたから)
実の両親。母親は物心付く前に亡くなり、父親と2人暮らし。“水戸優子”。
父親が梨花と再婚。梨花は血の繋がらない娘のみぃたんを可愛がってくれる。幸せの日々であったが、父親が新事業でブラジル居住を勝手に決め、離婚。梨花に引き取られる。“田中優子”。
苦楽の母娘2人暮らし。自由奔放な梨花は、男を取っ替え引っ替え。時には、年上の金持ちロマンスグレーと結婚。“泉ヶ原優子”。
貧乏暮らしから裕福暮らしを満喫していたのも最初だけ。自由奔放な梨花は窮屈な日々にうんざり。次の相手は、同窓会で再会した真面目さと高学歴だけが取り柄。“森宮優子”。
そんなある日、突然梨花は姿を消す。3人目の父親である森宮との2人暮らしが始まり、男手一つで育てられ、今に至る。
実に名字変わり4回、父親3人、母親2人。何と波乱万丈…。
本作もシリアスだったらかなり訳あり。
でもそうならないのは、ヒロインの健気さ、“親たち”の惜しみない愛情、そして本当の秘密…。
辛い事や嫌な事があっても、笑顔絶やさない優子。
それ故男に媚びていると、クラスの女子からは嫌われ者。
将来も悩み中。料理好きだから、料理の道へ進もうかな…。
今は卒業式で弾く事になったピアノに苦戦。ピアノを弾いていたのはみぃたん時代。猛特訓中。
そんな優子が周囲と触れ、自分や将来を見出だしていく。
料理好きになったきっかけは、料理得意の森宮の影響。いつも美味しい料理で心を満たしてくれる。
ピアノの特訓で知り合ったピアノの才能に恵まれた同級生男子・早瀬。お互い、心惹かれる気になる存在に…。
クラスの女子とソリが合わなかったが、事情が分かり、打ち解けると…。友達が出来た。
笑顔を絶やさない理由は、梨花の教え。
女の子は笑っているとより可愛くなる。笑っていると、幸せがやって来る…。
あまり訳ありの過去を振り返らず、こだわらないで生きてきた。
でも、森宮が早瀬との結婚を反対に、過去とまた向き合う…。
その過程で改めて気付く。
料理もピアノも笑顔も、親たちの影響、教え、出会いで今の私がある、と。
その過程でもう一つ、改めて気付く。
もっと早く再会したかった。
またもう一度、会いたい。
実父との再会。すでに実父は再婚し子供もおり、会うべきか躊躇していたが…、森宮の背中推しで決心。
実父は片時も忘れた事なかった。
自分もやはり、会いたかった。
再婚相手もいい人。子供も可愛い。
森宮もそうだが、出てくる人たちは皆、いい人ばかり。まるでファンタジーの住人。
2人目の父親の泉ヶ原なんて、リアルだったら相当可哀想。本人も怒っていいレベル。
なのに皆、優子の事も梨花の事も好き。
その泉ヶ原のある台詞にズバッと心打たれた。
「僕が梨花さんを好きな理由は、梨花さんが心からみぃたんを愛しているから」
こんな事を言えるなんて、スゲェ…。って言うか、そうだよな…。結婚した相手は、一人の親。その親が子を心から愛して当たり前。そうでなきゃ、家族になれない。
水戸も泉ヶ原も森宮も、梨花を好きなのは魅惑的な女性だからではなく、愛に満ち溢れた母親だから。
優子もそれをみぃたん時代から直にその肌で感じてきた。
じゃあ…、何故突然いなくなった…?
梨花は子供が出来ない身体。
だから、結婚した相手に子供がいたら、全身全霊全力で愛す。
ブラジルに行った実父・水戸からの手紙を渡さなかったのも、みぃたんが父恋しくならないように。みぃたんが自分から離れていかないように。それ故酷い嘘も付いた。
泉ヶ原との結婚も、みぃたんがピアノをやりたかったから。
森宮との結婚も、みぃたんに美味しい料理や平凡な家族を与えたかったから。
かなり強引。何て理由だ…と思う事も。
でも、それだけ“我が子”一番。みぃたんの為なら何でもする。
最大の謎。突然いなくなった理由。
ここまで子を愛する親ならば、その動機は何となく察しが付いてくる。
病気。
看病させる苦労をみぃたんにさせたくない。
苦しむ姿をみぃたんに見せたくない。
そんな思いにさせるならば、恨まれてもいいから、今も男たちを取っ替え引っ替えして、自由奔放に“生きている”方がいい。嘘を付いてまで。
そりゃないよ…。看病だってするし、昔も今も、苦楽を共にしたかったよ…。
だって、大好きな私のママなんだから。
それに、成長した私を見ていて欲しかった。
…いや、見ていた。
卒業式。ピアノを弾く姿を。こっそりと。
ママや親たちからの愛をたっぷり受けて育った今の私の姿を。
原作ファンで優子役を熱望したという永野芽郁の好演。
みぃたん役の稲垣来泉の可愛らしさ。
岡田健史も好青年。
田中圭、大森南朋、市村正親の三者三様の父親。不器用な大森/水戸パパ、紳士な市村/泉ヶ原パパ。
中でも、ちと頼りなさげで何かと父親奮闘するけど、時々空回り。だけど、美味しい料理とこれ以上ない優しさで満たしてくれる田中/森宮パパ。
男を虜にする魅惑の美女で、自由奔放な女性で、愛情深い母親。その魅力を存分に発揮した石原さとみ。
キャストたちのアンサンブルが心地よい。
本当に心地よい。
伏線や秘密明かしもあるけれど、はっきり言って話はご都合主義で、非現実的。
片親の都合で散々振り回された子供時代。成長してからの影響などあっても良さそうなものの、悪影響はナシ。超甘々のファンタジー。
だけどそれも含めても、この優しさ、温かさ、人と人の繋がり、家族愛が本当に心地よい。
見た後は幸せな気分に浸らせてくれる。
高級ではなく、それこそ森宮手作りの口に合った料理を食べたように。
『老後の資金がありません!』に続いての前田哲監督作。
あちらが軽快コメディなら、こちらは『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』路線の感動ハートフル。
本作でもまたまたその振り幅に感心すると同時に、『バナナ』『老後』『バトン』と連続良質ヒット。
ラストにシンクロするタイトルの意味。
子供時代、リレーでバトンを落とした事のある森宮。しかし今回は、バトンを落とさなかった。
“父親”としてヴァージン・ロードを“娘”と歩き、“家族愛”というバトンをしっかり受け渡す。
実に5回目の名字変わり。“早瀬優子”。
人一人の歩みって、本当にたくさんの人たちの支え、教え、愛がある。
それらを一身に受け、このバトンを繋ぎ渡していく。
はじめまして、こんにちは
私は一介の映画ファンで、以前はGEOで、今はAmazonでレビュー書いてます。
近大さんのレビュー、何年か前から読ませて頂いてますが、私の感想と良く似ています。多分、感性が近いのでしょうね。
勿論、例外はあります。「渇き。」は正反対の評価をしました。違う人間なのだから、それで良いと思います。
私は映画通でも映画マニアでもない、ただの映画ファンです。近大さんほどの慧眼は持ち合わせいませんので、これからもレビューを参考にさせて頂きますね。