「改変が劇的な効果を見せた見事な脚本と演出」そして、バトンは渡された アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)
改変が劇的な効果を見せた見事な脚本と演出
原作は 2019 年度本屋大賞を受賞した瀬尾まいこの小説である。あり得ないほど心を揺さぶられる小説であったが、映画も全く負けていなかった。ラストが改変されていたことにより、原作を読んでいてもサプライズ感が半端なかった。予備知識一切なしで見たほうが楽しめたかも知れない。
悪人が一人も出てこない話である。と言うより、信じられないレベルの善人が沢山出てきて、こんな人が本当にいるだろうかという疑問が終始頭から離れなかった。次々に結婚相手を見つけては再婚を繰り返すというのは、とかくドロドロした話になりがちであり、相手に対する執着が大きいほど目も当てられない状況に陥りやすいはずである。
BS 放送で「猫のしっぽ カエルの手」という番組に出演していた英国出身のハーブ研究家ベニシア・スタンリー・スミスさんの母親というのが、英国貴族の生まれで生活の苦労など味わったこともなく、常に誰かと恋愛をしていなければ気が済まないような人で、実際に結婚と離婚を繰り返したため、ベニシアさんには複数の父親がいるらしい。この映画を見ている間、昔ベニシアさんの講演を聞きに行って教えられた実母の驚嘆すべき行状が思い出された。
ベニシアさんの場合と違って、この映画の親子はもっと複雑である。物語は時系列に並んでおらず、現在と過去を行ったり来たりするので、最初は誰が誰なのかと戸惑いを覚えるほどであったが、終盤になってそれらが一本に繋がると、とんでもない全体像が見えて来る。その状況を引き起こした当人の深い覚悟と、彼女に振り回される男たちが見せる誠実さには本当に感服させられた。特に大森南朋の辛さを思うとやり切れない思いに潰されそうになった。
終盤になると館内の啜り泣きが半端ない勢いとなり、一種異様な雰囲気に放り込まれたような感覚を味わった。この映画の作り方は、必ずしもあざとい泣かせ方ではないのだが、本当に泣けてしまって困った。時系列の切り取り方が実に秀逸であったことによる手柄であると思った。
永野芽郁も岡田健史もピアノの演奏シーンは見応えがあった。岡田健史は「青天を衝け」の渋沢平九郎役でも記憶に残る演技を見せてくれたが、この役どころでも非常に見応えがあった。田中圭は天然記念物級の善人を好演していた。石原さとみは文句なしのはまり役だと思った。一見いい加減に見えながら、全ては娘を思っての行動だったことには深く胸を打たれた。
客観性を重視した演出は好ましく、石原さとみの髪を徐々に見えなくしていくという変化に込めたメッセージ性なども見事だった。ただ、岡田健史のピアノの凄さを見せるために「英雄ポロネーズ」だけ音量を5割増にしていたのはちょっとあざとかった。
(映像5+脚本5+役者5+音楽3+演出5)×4= 92 点