「リリー一家の一員となって」ブラックバード 家族が家族であるうちに J24さんの映画レビュー(感想・評価)
リリー一家の一員となって
主人公のリリーは末期症状であり片腕も動かず医者の夫曰く残り数週間が山となる状態である。そんな中リリーと夫ポールは違法だが薬によるリリーの安楽死を決断し残り数日を家族と過ごす事を決断する。
この最後の数日2人の娘夫婦の家庭とリリーの親友達で過ごす事となる。
もちろん安楽死の決断を誰もが100%の気持ちで納得している訳ではない。
元気なリリーの姿を見ればまだまだ十分生きられると信じ安楽死を回避すべきだと意見もでる。
また死が直前に迫ると娘2人は取り乱しまだ生きるべき理由を探す。
結果としてはどんな理由を探し出してもその問題への理解を含めて安楽死を決断した背景を伝えられ最後は皆が納得しリリーの最後を見送る事となる。
この作品は安楽死をテーマとした作品である。もちろんこの主人公一家が住む土地も法律では認められていない。もちろん安楽死の是非についても考えさせられるが僕自身はもう少しハードルを下げ家族の決断とその周囲の対応、心構えに重きを置き鑑賞させてもらった。
家族といえど意見の違いはどの家庭でもあるだろう。時にはぶつかり妥協し合いながら事を進める事もある。時にはこの作品の様に納得がいかなくても相手の強い意志を尊重し事を進める事もあるだろう。
この辺りの掛け合いが非常に臨場感があり、気づいたら作品に没頭しリリー一家の一員となって自分なりのリリーに対する考えなんかを持ちながら鑑賞できるとても個人的には面白い作品であった。
自分に置き換えた場合実際どうだろう。リリーの存在が義母なのか実母なのかでももしかしたら意見が変わるかもしれない。
突発的なものは除き、数ヶ月悩んだ末に死を決断した両親に対して、この先待っている闘病を頑張ってほしいとも軽々しくは言えないのも事実だ。ましてや治る事はなく激しい治療が待っている中簡単な事は言えない。
ただ誰であれ人が自ら下す死は到底理解できないのもまた事実である。
この作品を見て思うのは安楽死の是非についての答えは見つからない。
ただ一つ言えるなら家族とのコミニュケーションの大切さだ。
コミニュケーションが取れているから全ての意見意思決断が同一とはいかないが、少なくともズレ幅は狭くなる気がする。
この作品の娘達の様に互いに誤解が生じたまま今回の様な大きな決断をされた時の理解は家族といえど相当苦しいものである。
この見方が正しいかどうかは分からないが、少なくとも僕はこの作品を見て家族への思いが強く湧き久しぶりに連絡を取りたくなってしまった。
どんな事があっても家族は家族。家族の決断は自分の意思決断でもあるような関係でありたい。