「エンドロールが終わってから、私たちの映画が始まる」エンドロールのつづき 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
エンドロールが終わってから、私たちの映画が始まる
『RRR』の大ヒットで最高潮の盛り上がりを見せるインド映画。
アクションあり、コメディあり、ラブあり、感動あり、歌って踊ってのスーパー・エンターテイメント。
でも、インド映画の全部がそうじゃない。インド映画を代表する巨匠サタジット・レイの作品はリアリズムとアート性として知られ、近年も『ガリーボーイ』などドラマ重視の作品も多い。
本作もその系統。派手なアクションやスペクタクル性や歌も踊りもナシ。が、映画を愛する者なら心に染み入る。
インドの田舎町。駅でチャイ売りをする父親を手伝う少年、サマイ。
ある日、家族で映画を観に。父親は映画はいかがわしいものと嫌っていたが、信仰する女神カーリーの映画だけは別。
サマイは初めて観る映画にすっかり虜になる。
学校をサボってまで映画を観に。が、見つかり追い出される。
そんな時、映写技師のファザルと知り合う。母親が作った弁当を食べさせるのと交換に、映写室で映画を見せて貰える事に。
映写機や映し出す光に興味を覚え、やがて映画を作る夢を持つようになる…。
もう言わずもながな。
映画と少年。映写技師のおじさんとの交流。
監督の自伝的要素を含めた、映画好きのきっかけ。
たっぷりの映画愛と、ノスタルジー。
これはもう、インドの『ニュー・シネマ・パラダイス』であり、『フェイブルマンズ』だ。
話も設定も題材も定番ちゃあ定番。だけどどうしても、こういう映画が愛おしい。
それを体現するは、サマイを演じるバヴィン・ラバリくん。
3000人の中からオーディションで選ばれ、これが演技初の素人。
映画あるある。素人の子供が見せる演技は、どんな名優も叶わない。
本作でも彼が魅せる素朴さ、純真さ、ナチュラルさ。
こういう原石を見るのも、映画の醍醐味の一つだ。
しかしサマイくん、とってもいい子って訳じゃない。
映画見たさに学校をサボる。こっそり映画館に忍び込む。
フィルムが保管されている荷物室からフィルムを盗む。
フィルムを勝手に切って、手作りの映写機で上映。
それがバレて鑑別所へ。
時々癇癪も起こす。
実は結構困ったちゃん。でも、あれもこれも全て、映画を見たいが為に。
手作りの映写機。友達らと映像に合わせて即興で音入れ。
皆に映画を見せたい。
そして自分で映画を作りたい。
その一途さには共感してしまう。
先に挙げた『ニュー・シネマ・パラダイス』や『フェイブルマンズ』もそうだが、映画と人生への讃歌だが、ただそれだけのハートフルなハッピー物語ではない。
本作も格差などインド社会の現状が描かれる。
サマイの家族の暮らしは貧しい。父親はかつては数百頭もの牛飼いだったが、今は駅で小さなチャイ売り店を。さらに駅拡張で廃業に追い込まれる。
映写技師のファザルも。学は無くとも映写機を回す事が出来たが、映画館がアナログなフィルム上映からコンピュータを用いたデジタル上映へ。それには学も英語も必要。ファザルには到底無理。お払い箱。
映画はただ好きってだけじゃ作れない。技術も知識も必要。“映画はエネルギーとテクノロジーで出来ている”…映画監督を目指しながらも断念した淀川長治氏の言葉を思い出した。
本気で映画監督になりたいなら、そう願って夢見るだけじゃダメ。学ぶ。この町から発たなくてはならない。今の僕にそれが出来るのかな…?
それを行動に移したからこそ、パン・ナリンは映画監督へ。私は初めましてだが、今やインド国内のみならず世界で活躍する注目株だという。
映画は物語から生まれる。自伝的要素を含めた本作がそれを物語る。
物語は光から生まれる。映写機から放たれる光に魅せられたサマイ。
その光や自然や風景、子供たちの瑞々しさなど、映像がとにかく美しい。
しかしその美しい映像が、時に残酷なものも映し出す。
運び出される映写機やフィルム。サマイはトラックに積まれたその後を必死で追っていくと、工場へ。
そこで映写機は分解され、溶かされ、スプーンに。
フィルムも。溶かされ、アクセサリーに。
あの監督の名作が…。あの大好きなスターの映画が…。
溶鉱炉を成す術も無く見つめるサマイにとってそれは、この世の終わりと等しい。
映画の楽しさ、面白さに触れ…。
家族の厳しさ、温かさに触れ…。
社会の不条理、理不尽に触れ…。
それでも僕は、映画が好きだ。映画を作りたい。
だけどそれには…。
そんな時…。
映画を嫌っていた父。厳しい父。
ある時息子の心底からの映画への愛を知り…。
これも言うまでもないド定番展開だが、感動せずにはいられない。
映画を作りたいか? 学びたいか?
その道へ開かせてくれた。
あまりにも突然急な事。知人に頼んであっちでの暮らしの手配や、町を出る列車は後14分後に出発。
まだ心の準備が…。皆に別れも…。
が、少年よ、本当になりたい夢があるのなら、躊躇するな。
発て。学べ。
これはエンドロールじゃない。
エンドロールが終わって、私たちの映画が始まる。
ラストシーンにて、サマイがインドの名匠やスターの名を挙げる。
続いて、古今東西の映画監督の名。
その中に日本から、勅使河原宏、小津、黒澤の名が呼ばれたのが誇らしい。
インドの映画少年は知っているのに、日本の若者たちは果たして知っているのかな…。