「『悲しき願い』が暗示する男の苦悩が炸裂!ロシアの奇才イリヤ・ナイシュラーが辿り着いた“ナメていた男が実は◯◯でした”映画の極北」Mr.ノーバディ よねさんの映画レビュー(感想・評価)
『悲しき願い』が暗示する男の苦悩が炸裂!ロシアの奇才イリヤ・ナイシュラーが辿り着いた“ナメていた男が実は◯◯でした”映画の極北
義父が経営する金型工場に路線バスで通勤するハッチは家族思いで真面目なお父さん。とある早朝に不審な物音で目を覚ましたハッチは自宅に侵入した二人組の強盗に遭遇するが咄嗟に強盗を取り押さえようと飛びかかった長男を制して強盗を逃がしてしまう。その事件をきっかけに家族からもご近所からも警官からの蔑まれ肩身の狭い思いをするハッチだったが唯一今までと変わらず接してくれる幼い娘サミーが大事にしていた猫のブレスレットがなくなっていることを知り堪忍袋の緒が弾け飛ぶ。
まず言っておきますが、『ジェントルメン』を軽く突き放してこれが上半期ベストワン。いやこのままだと下半期に予定されているアクション大作群を抑えて本年度ベストワンになるかも知れない恐るべき傑作です。
冒頭でいきなり流れるのがニーナ・シモンの『悲しき願い』。ズタボロになった主人公が紫煙を燻らせる背後でボソッと呟かれる歌詞がこれからの物語を暗示している。ここの数十秒だけで色々ワケあってスクリーンの前に身を沈めている50代、60代のオッサンが全員泣くところです。パット・ベネターの『ハートブレイカー』とともに登場するのが白い72年製ダッジ・チャレンジャー・・・早朝からシレッと『バニシング・ポイント』をブチ込んでくる辺りが憎いにも程があるわけですが、これがすなわち黒い69年製フォード・マスタングをブチ込んできた『ジョン・ウィック』と表裏一体になっているわけですね。ちなみに結構なワンコ映画だった『ジョン・ウィック』に対してこちらはちゃんとニャンコ映画になっている点も注目すべきところです。で、もうこの辺りの70‘sリスペクトな雰囲気で21世紀の『狼よさらば』を見せてくれるものだとアラフィフは期待しているわけですが、本作はあくまでもイリヤ・ナイシュラー作品、そんなしがないオッサン達の予定調和しかない期待感を凄惨極まりないヴァイオレンスと乾き切ったドス黒いユーモアで片っ端から裏切りまくります。この時点でとんでもないものを観せられていることに気づいても時すでに遅し。その頃にはもう物語のブレーキはとうにぶっ壊れていて、観たことないカットの雨霰の中で次から次へと悪党どもの亡骸が積み上げられ、そこに大量のウォッカをぶっかけてジッポのライターを放り込んで高笑いするかのような壮絶にアナーキーで斬新な殺戮がバスドラムの連打のように心臓を揺さぶってきます。この時点で私は号泣しました。興醒めになるので詳細は一切書きませんが、クライマックスのカットを見た瞬間に今まで生きてきてよかったと本気で思いました。それぐらい画期的なカットです。
自ら率いるバンド、Biting ElbowsのMV、”The Stampede”で鮮烈なPOV目線のヴァイオレンスを見せつけ、『ハードコア』ではそのネタだけで丸ごと1本壮絶なアクション映画を作り、その後も血塗れのMVを製作し続けているロシアンヴァイオレンスの寵児イリヤ・ナイシュラーが到達したのは“ナメていた男が実は◯◯でした“映画の極北。クリストファー・ロイドがBTTF3以来の侠気を見せるところにも泣きました。
だいたいアラフィフはトイレが近いのでエンドロールが始まったところでトイレに立ちがちですがこれはエンドロール終了までちゃんと見届けるのが礼儀です。まあしっかり観てると膝が笑ってすぐには立てませんけれども。
ちなみに本作ではカナダのマニトバ州が全面協力しているようで、かなり気合の入ったカーアクションが街中できっちりロケ撮影されています。今まではジョージア州が主戦場でしたが、知事がバカであることが露呈してどんどん脱ジョージア化が進んでいる中、なかなか景気のいい自治体が名乗りを上げたなと感慨もひとしおです。