劇場公開日 2021年6月4日

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「監督が両親の離婚という実体験を基に描いた真摯な家族劇」幸せの答え合わせ 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0監督が両親の離婚という実体験を基に描いた真摯な家族劇

2021年6月4日
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鑑賞方法:試写会

悲しい

知的

アネット・ベニングとビル・ナイ、どちらもユーモラスな演技も得意とする名優だが、本作ではシリアスに徹し、結婚してから29年目にして重大な局面を迎えるシニア夫婦を演じている。ベニングが演じるグレースは、引退後に詩選集作りを始めるなど詩をこよなく愛するロマンティストで喜怒哀楽も豊か、信心深い理想主義者でもあり、夫や息子に対して不満があればはっきり言う。一方ナイが扮する歴史教師のエドワードは、家では寡黙で、妻にお茶を淹れてと言われれば文句も言わずに従い、夫婦の会話を避けるかのように自室に引っ込んでウィキペディアの書き込みに没頭している。都会で一人暮らす息子のジェイミーが父に呼び出され、週末に海辺の町シーフォードの実家に帰ると、エドワードは家を出ていくと言う…。

「グラディエーター」などの脚本で知られるウィリアム・ニコルソンが、成人してから両親が離婚するという体験に基づいて「The Retreat from Moscow(モスクワからの退却)」という戯曲をまず書き、そこから映画用の脚本も書いて監督を務めた。自身を投影したであろうジェイミーの心情も細やかに描いており、別居した両親の間で心を痛めながらもなんとか仲を取り持とうとし、その過程で自らも変化する息子の姿を示すことで、本作における救いや希望が託される存在に位置付けている。

エドワードが授業の中で言及する、1812年のナポレオン率いるフランス軍によるモスクワ侵攻後の退却のエピソードは印象的だ(戯曲の題もこの史実から取られている)。極寒の退路で、助からない負傷兵は軍服を脱がされ置き去りにされた。衰弱して馬車から振り落とされる兵士がいても、誰も振り返らなかった。なぜ劇中でこの話が語られるのか、いろいろ解釈は可能だろうが、離婚をある種の“撤退戦”に重ねたと考えるのもありか。状況をひっくり返すことはできない、ただ被害を少なくして生き残ることを優先するしかないのだと…。

なお、映画の原題は「Hope Gap」で、こちらはシーフォードに実在する海岸の地名から取られている。固有名詞なのだが、「希望の隔たり」とも読めて、パートナーに対する望みがかけ離れてしまった夫婦を表すようで皮肉めいている。

高森 郁哉