「ビリー・ホリディの波乱の人生とともに、アメリカ社会の闇を描く」ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ Misaさんの映画レビュー(感想・評価)
ビリー・ホリディの波乱の人生とともに、アメリカ社会の闇を描く
灯台もと暗しのようなところでやっていたのですが、最終日前日に観ることができました。
戦前から活躍した黒人ジャズ・シンガー、ビリー・ホリディについての映画。彼女は大人気を博していますが、南部での白人による黒人へのリンチを題材にした歌、「奇妙な果実 Strange Fruit」が当局から問題視されてしまいます。当時はまだ黒人への差別が違法とされていなかった時代。作品中にも、高級ホテルのエレベーターに黒人は乗せてもらえず、業務用エレベーター(サービス・エレベーター)を使え、とか、白人席と黒人席が分かれているのかいないのか、といったやり取りが出てきます。
曲が問題視されたのは戦争へ向かっていた時代というのもありますが、奴隷解放宣言後もつづいていた差別によるところが大きいかと思います。
(映画の最後に出てきますが、黒人へのリンチを禁止した法案が立案されたものの、まだ可決されていないとのことです。)
ビリーが大衆を扇動することを怖れた当局は、彼女が麻薬を使用していることに目をつけ、ファンを装った黒人によるおとり捜査でビリーを逮捕、投獄します。出獄後の彼女はまだキャバレー等で歌う許可証を持たず、しかしカーネギーホールでコンサートをするというチャンスに恵まれます。
この捜査官は、ビリーの死後も自分が彼女を「売った」ことを後悔していたそうです。
しかし麻薬が絡むことだけに、なかなか足抜けはできず、行ったり来たりの日々がつづきます。
この映画には、麻薬のほかにもう一つの問題告発があります。それは性的虐待についてです。ビリーが少女のときレイプされたこと、またおそらく家計の問題で、母親が性的なサービスに子どもの彼女を送り込もうとしているシーンも出てきます。そのせいもあって、彼女の男性関係は複雑でストレスに満ちたものとなってしまいます。また、麻薬の使用もこの路線で考えると、虐待後遺症から来る痛みや苦しみに対処するための「自己投薬 self-medication」と捉えることができるかと思います。
こうした、アメリカで比較的知られた背景(黒人差別、麻薬、性的虐待など)について知らずにこの映画を観ると、ややピンと来ないかもしれません。と言いつつ、私は音楽やジャズの方に詳しくはないので、ビリーが音楽史に残した足跡・影響についてはあまり分かりません。誰もが差別や正義を口にするのを怖れた時代、人前でシンガーとして堂々と問題の核心を突いた歌を歌い続けた彼女は、まさに先駆的にして勇気ある女性だったと言えるでしょう。
また本作の英語についてですが、暴力シーンなども含め、話し方、語彙、背景など、アメリカ黒人社会のものが色濃く反映されていたのだと思います。私はニューヨークに長くいたため黒人の人とも接点はありましたが、こうした話し方(スピーチ)を聞くと、あらためて自分がそうした世界を十分知ってはいないな、と思いました。自分と違う文化を疑似体験できることも、映画の醍醐味の一つですね。