「迫害や暴力に屈しない、芸術家の心意気」沈黙のレジスタンス ユダヤ孤児を救った芸術家 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
迫害や暴力に屈しない、芸術家の心意気
おそらく史上最も有名なパントマイム役者であり、舞台芸術に詳しくなくてもマルセル・マルソーという名前に聞き覚えがあるという人も多いのではないか。そのマルセルが、まだ何者でもなかった第2次世界大戦の頃の実話だという。
ドイツ国境に近いフランスの街に暮らすユダヤ人一家の次男であるマルセル(ジェシー・アイゼンバーグ)は、家業の精肉店を手伝いながらもチャップリンのようなアーティストを夢見ている。何より自分の夢が大事な青年が、思いを寄せる女性エマに頼まれしぶしぶ手伝うことになったのが、ナチスに親を殺されドイツから逃れてきたユダヤ人孤児たちの世話。本作は英語劇なので若干あいまいになっている気もするが、孤児たちにとって、家族を失う過酷な体験に加え、外国に連れてこられて言葉の壁があることも心を閉ざす要因になっていたはず。
そんな子供たちを見て、マルセルが即興で演じてみせたパントマイムが、無言の身体表現だからこそ言葉の壁を乗り越え、子供たちを一瞬にして笑顔にすることができた。そもそもマイムは歴史的に、多言語が行き交う中世の欧州を放浪した大道芸人によって洗練されたといい、そんなマイムの本領があの場面で発揮されたわけだ。子供たちとの交流は、マルセル自身を成長させることにもなる。妹をナチスに殺され復讐を口にするエマに、マルセルは「殺された家族が生き残った者に望むのは、ナチスを殺すことではなく、子供たちを救うこと」と言い聞かせる。
ナチスドイツは勢力を拡大し、ついにフランス全土を占領。マルセルたちは子供たちを中立国スイスへ逃がすため、冬のアルプスの雪山を越えることを決意する。子供たちを連れてスイスに脱出という点で思い出すのは、ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」。同作でも、戦争の暴力性と対照的な、美なるものを愛する人間性の象徴として、音楽が効果的に使われていた。戦時中のマルセルはまだ無名だったが、迫害や暴力に屈しない芸術家の心意気は確かに持っていた。現代美術界の巨匠ゲルハルト・リヒターをモデルにした昨年日本公開の「ある画家の数奇な運命」もそうだが、国家や戦争による暴力のカウンターとして芸術や芸術家を描く映画は、これからも作られ続けるのだろう。差別や暴力を生むものに対抗する芸術の使命が、映画自体にもあることを証明するためにも。