「見応え十分の傑作」RUN ラン 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
見応え十分の傑作
主人公のクロエを演じたキーラ・アレンの演技が秀逸。足が麻痺して歩けず、喘息で激しい運動が出来ない上に吸入剤の随時の吸引が必要という肉体的に厳しい状態のときに、よりによって唯一の拠り所である母親に疑いを持たざるを得なくなる。
伏線は至るところに用意されている。大学で教えていると思しき母親に、家での独学ながら大学の受験資格を得るほど優秀な娘。SNS全盛のこの時代に高校生の娘にスマホさえ与えない母親。毎夜毎夜、確かめるように娘に薬を飲ませるが、娘は翌朝、必ず嘔吐する。届くはずの合否通知がいつまでも届かない。
もはや母親の悪意は確定的だ。どうすればいいのか、自分に何が出来るのか。そこからクロエの逃避行動が始まる。タイトルの「RUN」は本作品では「走れ」ではなく「逃げろ」の意味に思えた。
下半身不随の上に腕の力も人並み以下のクロエ。家に閉じ込められていたが故に何の人脈もないクロエ。それに対して、健常者であり社会的地位も信用もある母親。絶望的にも思えるクロエの戦いに、観ているこちらも肩入れして力が入る。弱者の代表みたいなクロエだが、母親から教育された学問の知識がそこかしこで役に立つ。皮肉なものである。
母性は時として思わぬ方向に暴走する。その顕著な一例をチャガンティ監督は母親に対する娘の戦いとして、観客をハラハラさせるサスペンスに仕立て上げた。カメラワークが大変に素晴らしく、見応え十分の傑作である。
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