鳩の撃退法のレビュー・感想・評価
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非常に巧妙に構築された意欲作 藤原竜也&風間俊介はもちろん、西野七瀬も爪痕残す
直木賞作家・佐藤正午の同名ベストセラーを藤原竜也主演で映画化。一見、非常にとっつきにくい作品だ。タイトルを見てもよく分からない。だが、非常に巧妙に構築された、高度なテクニックで紡がれた良作である。
藤原が上手いのは、もう百も承知。それでも、やはり芸達者ぶりは健在で、演劇で鍛えられた卓越した演技力は見ていて飽きることがない。土屋太鳳も新たな境地ともいえる役どころを得たが、今作でいえば出番がそんなに多いわけではないが西野七瀬がきっちりと爪痕を残している。また、風間俊介はもっともっと評価されてしかるべき俳優ではないだろうか。
惜しい作品
原作未読ですが、わりと面白かった。
重要なプロッ卜の、偽札と倉田の関係が分からなかった。
「ピーターパンとウェンディ」の台詞をモチーフにして、単なる謎解き以上の余韻が感じられたが、5年前の奈々美と欠端の事件や、倉田と秀吉の幼少期のバックグラウンドが描かれていれば、もっと深みが出たのではないか。。
おもしろかったけど、ややこしかった、
んー、しっかり見てたら話についていけるかとは思うけど、あれこれ登場人物がいてその関係があれこれあって(笑)複雑なかんじだった。
よくできたストーリーでトリッキーというかよかったけど、でも、自分はどうもその複雑さかその深さかについていけてなかったかんじ。
トリッキーな作品
物語の主人公が作家本人という設定。
これがこの作品をややこしくさせている。
主人公のツダシンイチは作家活動の難しさから身を引いていたが、コーヒーショップで声をかけた男の不思議な話と、一家失踪事件、そして懇意にしていた古本屋の店主が死んで受取ったバッグの中の3千万と3万円。そして、そのお金が偽札だったことで創作意欲が湧き、再び書き始めるというのが物語の主軸になっている。
編集者は彼の復帰に期待しつつ、彼が以前仕出かしたノンフィクション事件をフィクションとして出版したことに注意する。
ツダの妄想は実際に起きた事件とほぼ関係がない、編集者の存在がそう思わせるのだ。
二人はそれがあたかも実際に起きたことのように、物語の続きをどのように設定するのかを話し合いながら進めていく。
ツダの想像上の出来事が作品の映像となっている。それに加え、一部編集者の妄想も映像化されている。それがお金をすべて焼くシーンだ。ややこしい。
「物語」と「事実」の二つが存在することが、この作品をやたらややこしくしている。
おそらく物語上の「事実」は、ツダのデリヘルの足の仕事、コーヒーショップで話しかけた男との会話、店主から受け取ったお金だ。このことはツダ本人が作品の中で話している。
最後に畳みかけるように、偽札の流れがはっきりするが、ツダが編集者に話したように「物語の本筋でないものはあえて書かない」ことで、作品の中で解決されない「問題」をうやむやにしている。
これが視聴者の不満になってしまうのが惜しい点だ。
ツダの創作したプロットの疑問、偽札とクラタの関係、そして3千万を寄付したクラタは「お金に振り回されているのが嫌い」という設定、そこに統一感がない。
そして死んだ店主は、ツダの創作意欲を掻き立てるために彼に遺産を残したという考えにくい「事実」 それがそもそも理解できないし、ツダの本と栞の3万円をあの親子が古本屋に持ってきたというふうに設定するのはおかしいと思わざるを得ない。
逆を言えばこの作品のそのような疑問点はすべてツダに押し付けている。それがさらにややこしきさせるのだ。
ツダの小説では、クラタと仲間たちが「諸悪の根源」と称するナナミに対し、幸地秀吉とハルヤマをリンチにするが、何とか全員逃げたことにした。
しかし実際は幸地が主体となってナナミとハルヤマ、そして娘を処分したと考えられる。
DNAからこの3人が家族だと証明されるのはいいプロットだった。
幸地は「どうしようもないことを、どうにかしたいと思う」「事実は小説より奇なり」ということで、ツダの想像と事実の差は明確にあるのだろう。
編集者はツダに「バッドエンド」というあたりが面白い。「事実」はハッピーエンドとバッドエンド両方あったのだと推測する。
さて、
ツダの読みのセンスはとても面白い。しかしまだ出版されていないことで、その内容は誰も知らない。
事実として幸地は最後にツダに借りていた「本」を返しにやってくる。本は冒頭で幸地に貸したままだった。つまり本と偽札とあの親子は無関係で、同時に偽札の3万円がなぜバッグに入っていたのかも映像とは違ってくる。
そして車に乗り込むときの幸地の目は堅気の目ではない。
これも勝手な妄想だが、ツダが創作した「幸地とクラタの会話」 「家族なんて不要だ。俺たちはみな家族など知らなくてもこうして育ってきた」というのが唯一当たっており、寄付を受けた者があいさつに来たのは、クラタたちが育った孤児院がこの寄付によって救われた事実があったからだ。
偽札事件とはいったい何だったのか? 妄想するにそれは、孤児院の危機を救う手段だったのではないのか? しかしそれは粗悪品で、機械には通らず使い物にならなかった。しかし、ツダがその代わりをくれたのだ。
裏社会の人間が最も嫌う「裏切り」 それはナナミのしたこと。その報復は行われた。
同時に、ひょんなことで出会ってしまった「あの作家」のツダが、窮地に陥っていた孤児院を救ってくれたことがこの作品に隠されている事実ではないだろうか?
事実は小説より奇なり
ツダは創作のために妄想したのだ。同時に偽札事件に巻き込まれながらお金をすべてクラタに渡した。
彼の創作内容の映像が「事実」とは異なり、それがとてもややこしくさせている。
しかしこの内容を考える妄想こそ、面白い。
どこまでが小説で、どこまでが現実なのか考えることで作品の余韻に浸る
映画内での出来事が、藤原竜也演じる主人公が書いた小説の内容なのか、それとも真実なのかと考えながら観るタイプの映画になります。そのため、どこまでが小説で、どこまでが真実か、考えさせることで作品の余韻に浸るタイプの作品という点で、作品に曖昧さを持たせるクリストファーノーランを少し思い出しました。
藤原竜也をはじめとした俳優陣の演技は違和感なく、安心して観ることができました。その中で、良い意味で印象に残ったのは、風間俊介です。風間俊介はもう少し年齢を重ねたらさらに仕事が増えてくる気がしますが、そこまでの期間がもったいないですね。
原作は小説なので、映像と文章では、また違った印象を受けるのかなと思いました。
最高の映画。本作は一見ハッピーエンドに思えますが実はハッピーエンドではありません。
この映画を1度だけ見るとハッピーエンドのいい映画に思えます。
しかし2回見ると……。
映画の最後に男二人が車に乗っていることで何となく良かったねという感じになっていますが、実は現実では別の2人の男女が車に乗ってダムの底に沈んでいます。
是非2回見てください。
最高の映画です。
えーさっぱりわからん
何を演じても藤原達也主演
まーこのお金が偽もんだったら
というのは思い浮かぶが
どうして前もって事実が書けたか?という
事象は理解できなかった。
同じような作品が多いんで
長生きするとこんがらがるんです!
60点
イオンシネマ草津 20210920
良否の判断できず
話の作りは面白いが、物語の中で物語を作って、ようは好きに作った事実に沿わせて津田という小説家が物語を作るというもの。
あまり謎解き感や疾走感がなく感じた。
答え合わせも、後付け感があった。
「鳩」の意味がわかってスッキリした
タイトルの通りです。
原作も何も知らず、ベランダにやってくる鳩の大群の撃退法を考えて実行する映画かな?と半分冗談で想像していたくらいです。
まず、導入部での一発で富山と分かるくらいに素晴らしい風景に度肝を抜かれました。そこで、あー、富山を舞台にした作品なんだな、と理解し、藤原竜也の話し方が標準語であることで、東京から流れてきて~~~、という具合に話の概要を自然に理解させていく作りには関心しました。
・ストーリーは非常に面白い。藤原竜也を巡っての色んな人間模様が、数々の支川が大河に流れ込んでいくような語られ方をしていて、それぞれの繋がりが理解出来た時のすっきり感が気持ち良かった。あっという間に終わった感じ。
・話は面白いんだけど、わざわざ映画館で観なければならない理由はないかな。テレビサイズで十分。まあ、アクションとかギミックもないので仕方ないかもしれないけれど、映画館で観たことに対するなんらかのプライズは欲しいなあ。
・殴られるだけの藤原竜也でも藤原竜也は藤原竜也だった。何やっても藤原竜也であることはすごい。木村拓哉と双璧。
個人的には爽やかなオチで好き
小説家の津田が、編集者の鳥飼におもしろい脚本の話をするが、これが実は(ほぼ全てが)実話だったという話。
いろんな登場人物が出てくるが、点と点が線になっていくところは非常に痛快。
やや混乱しながらの鑑賞だったが、伏線の張り方、最後の回収がなんというか爽やかな感じでよかった。
「疑似家族」を描いた一本にもみえた。
<映画のことば>
今ある事実から考えて、何が自然か。
そう考えれば、おのずと隠された事実が見えてくる。
世上に散らばっている素材から、一本の糸をより、何本もの糸を編み合わせて最終的には一枚の反物を織り上げる(一編の小説を書き上げる)ためには、こんな洞察力が必要なのだと思いました。小説家には。
けっきょく津田は、小説家である自分にとって、鳩(いくつかの意味で使われていたと思いますが、この場合には、津田の身に降りかかる災難)を回避するいちばんの撃退法が「臆せずに書くこと」であることを再認識したんだろうと理解しました。評論子は。
何年か前に筆禍事件を起こして、文壇からは干されかけていた津田にとっては、作家(小説家)として立ち直るためには、何よりの「荒療治」だったことと思います。
ミステリーもの?としても、場面の切り替わりが適切で、ストーリーの展開も楽しめます。
佳作であったと思います。評論子は。
(追記)
本作の物語からすると、いささか脇道なのでしょうけれども。
本作では、倉田健次郎と幸地秀吉とが、いわば「疑似家族」として描かれていることは、まず、異論のないところだと思います。「親はいなくても、食べ物と寝る場所があれば子供は育つ。」という倉田健次郎の台詞にもあったように。
そして、もうひとつ、本作には疑似家族があったのではないでしょうか。
つまり、津田自身は、そうまでは認識していなくても、房州書店の夫妻にとっては、津田は、わが子同然の擬似的な家族だったのかも知れません。それで、房州書店のオヤジさんは、3,000万円という「資本」を彼に託した…。
その意味で、彼の才能を信じて、「こうなれば、書くように仕向けるしかない」と、妻の生命保険金を彼に遺した房州書店のオヤジさん(オヤジさんだけでなく、たぶんの奥さんも?)、その想いを遂げることができたのだろうとも、評論子は思います。
ただ、遺した3,000万円と、津田のお金と勘違いして添えた3万円がもたらした災難が、彼を書かせる気にさせたという現実の因果関係までは、予想していなかったとしても。
(刑法学的には「因果関係の錯誤」)(笑)
間が空いてしまったレビュー
面白かった記憶があるが、最後が曖昧‥なのは、結末は見る人にお任せ系だったか。他の人のレビューを見て記憶を呼び覚ます笑
謎や伏線があまりにも多すぎてまとまりきらなかったか。どこまでが現実でどこからが仮想なのか、分からない。わざとか。
新しい名探偵スタイル
主人公の津田は、手に入った1つ2つの情報から隠された事実を推測する名人である。彼は警察でも探偵でもないし、事件を解決しようとしている訳でもないのだけど、身の回りで起きたエピソードをネタに隠された部分を推測で埋め小説を書いていく。
この小説を書くという行為が実質的に事件を解明する探偵行為になっているという名探偵の新スタイルを産み出している。その精度は高く、最後に小説のモデルから訴えられたり狙われたりしないよう、導き出した事実と小説を少し変えないとならないほど。
原作小説は読んでないのだけど、津田を主人公にした同じスタイルの作品をもっと観たいと思った。
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