秘密の森の、その向こうのレビュー・感想・評価
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フランス版ミツバチのささやき的な
美少女2人が出てミステリータッチな展開は、内容は異なるがミツバチのささやきを彷仏とさせるものがあった。ただこちらはミステリーと言うよりもファンタジーに近いかな。
子供のマリオンの手術は成功するはずであるが、結局31歳で亡くなってしまうのはちょっと切なすぎる。
好きだなーこの作品
時間と空間が交差して昔のママとおばあちゃんに会う。時間と空間って絶対的なものじゃないんよねきっと。人間の脳のスペックで認識できるのが四次元なわけで、実はもっと同時進行的なものかもね、よくわからんが。もし誰か近しい人が亡くなってもおいおい嘆き悲しまなくてもいいんよねきっと。そっと隣の部屋に移っただけなんだと思う。
「文芸の香」がする。そんな映画を選ぶのも悪くないと思って。劇場では女装で観てきた作品←おいw
この映画もね、女装で観てきたんですよね Σ('◉⌓◉')エッ!
『フォレスト・ガンプ』→『カンフー・モンスター』→からの女装映画鑑賞第三弾でした。
ちなみに、その後は『ニュー・シネマ・パラダイス』→『音楽』だったです。
この春にでも第六弾を目論んでいるのですが。←懲りてないw
ちょいと離れた街の名画座で『ザリガニの鳴くところ』と同時上映だったと記憶してるです。
時間の都合で『ザリガニ…』は観ていないんですが。
周りをビクビク気にしながらの鑑賞でしたので、お話をほとんど覚えていないのが正直なところです。
「ちょっと男子ー!真面目に映画観てよー!」って話です。
そんなん別にええやん。スカート穿いて観に行くん楽しいんやもん。
なので、思い出しレビューを書くために、再度アマプラで真面目に鑑賞することに決めました。
主演の女の子ふたりが、大変微笑ましかった印象だけは強く心に残っていたので。
珍しく“文芸の香”がする作品でレビュー書くのもええじゃないか、と思っての真面目な再鑑賞です。
きっと私とは相性悪いと思うのですが。
書くにあたって、ヒキョーにも、まず皆さまのレビューを拝読しに行きました。
結果「みなさん真面目か!」でした。私みたいに女装で観に行った人なんて、ひとりもいらっしゃらなかったの。←当たり前です
そして、みなさん本当に文才あるんですよね。しっかりとした感想をコンパクトにまとめていらっしゃいました。
私の駄文とは大違いなの。←当たり前です
ここまで来るのが長すぎる!
アマプラで観るには苦手な字幕版でした。しかもフランス語ときたもんだ。さっぱりだ。
「セシ~ル~♪イロッフル・サ・コンフィアンス・エ・ソナム~ル」やっぱりさっぱりだ。
ごめんなさい、感想のお話でしたよね。
やっぱりさっぱりだ。
アホの私が観て感想を書くには、高尚すぎる映画でした。
とにかく終始、静かなお話なの。淡々と物語が進むの。何かドラマチックなことが起こるわけでもなく。
起・承・転・結 の区切りからして、よくわからなかったの。←アホやw
ただね、とても微笑ましいシーンが多かったと感じたんですよね。
木に向かってひたすらドングリ投げるとか。ドングリの皮剥いて笛にするとか。
ひとり寂しくパドルボールするとか。棒切れ振って森を散策するとか。お芝居のごっこ遊びだとか。
そんな時の仕草がや表情が、本当にかわいらしいって思ったの。
「それ、楽しい?」って思うんだけれど、娘たちが幼かった頃のこと思い出して、ついつい頬が緩んじゃったの。
「あぁ、あんなふうにして遊んでたっけ…(遠い目)」って。
汚れつちまつた大人にはわからない面白さがあったんだろうなぁ。
ごめんなさい、お父さん…女装して映画観に行くほどまでに汚れちゃったよ…汚れだよ!!
無垢すぎる少女ふたりが本当にかわいいと思ったの。ロリとかそーゆー不純な意味じゃなくて。←おい!
手に付いた土を払い落とすカットとか、ペンギンの子供みたいに、体を左右に揺らしながら“とてとて”と歩く姿だとか。そういう細やかなところのひとつひとつまで、いちいちかわいらしいと思ったの。犯罪者目線じゃなくて。←だから!
きっと監督さんは、あえて演技をさせなかったんでしょうね。“素の子供”のままの姿を撮りたかったんでしょうね。
アーティスティックな作品なので"✖✖がいる森"みたいなアホな展開にはならなくてよかったです。
でも初見時は、何かよからぬことが起きるんじゃないかと思って、ヒヤヒヤしながら観てたんですよね。女装で。別の意味でもヒヤヒヤしながら(笑)
冒頭のシーンでのママ。後ろからスナック菓子やらジュースを差し出されても、ひたすら前方注意の模範運転ったので、事故らなくて安心しましたよ。
このお話、タイムリープファンタジーのおとぎ話だったのですね。←今さらかよ!
はい、ネットの資料を読んでやっと理解できかけました。(できたとは言ってない)
アホの私には、それがどこで切り替わったのかがさっぱり???だったから。
ようやく物語1/3になって、自分がマリオンの娘であるとネリーが告白して、家に招くシーンまでは、やっぱりよくわかんなかったの。
でも、この映画ね、キャスティングがとても上手だと思ったの。ふたりの顔だちがあまりにもソックリなので、もしや!と思い、調べてみました。
やっぱり双子だったのですね。そして、ママ、おばあさまの親子三代に渡って、違和感なく面影がしっかりあったし。
あまりにも同じ顔だちなので、劇中でこんがらがってきたんですが。途中でやっと見分け方がわかったです。青の服がネリー、赤い服がマリオンだと。
私が書きがちな食事のシーンが、大変美味しそうに見えたんですよね。
冒頭のスナック菓子だとか、ふたりが雨の森で出会った時の、温めたミルクに何やらを浸して食べるシーンだとか。(オレオ?)
ママが作ったスープに細切りのチーズ溶かして食べるところだとか。←でもアレだけは、やっぱり不味かったの?ゲロ吐き遊びしてたし(笑)
物語も終盤の終盤になって、軽快な音楽に乗せてゴムボート漕ぐシーン。そこでやっと物語の佳境キター!って思ったの。
ここでマリオンが時間の間に消えちゃって、ネリーが悲しむ展開になるのかな?なんて思った自分はとことんアホでした。最後の最後まで静かな余韻のお話でした。
結局、なーんにもよくわからなかったのですが、観終えてから妙にほっこりした気持ちになれた作品でした。
セリーヌ監督ごめんなさい、アホの私にはやっぱり“文芸の香”がよく理解できなかったよ。
そこを楽しんでみようかと思った無謀なチョイスだったよ。
さぁ次回は、何観ようかな?ポテチみたいに大味なハリウッド大作か?はたまたどーしよーもないB級グルメ作品か?
悲しみを癒すには
最初はじまって、お年寄りたちにさよならを言ってまわってるとき、部屋の中まで入っててやたら丁寧だなと思ったけど、ちゃんとあいさつしたかったからだと後からわかった。
亡くなるのはいつか分からないから、準備ができてなくて別れをちゃんと出来ない。
母と祖母に会うことができて、現実では話せない二人と話して過ごす時間がネリーを癒す。
時代は違うけど、本人たちの言葉はとても大きい。
派手さはないけど、静かで集中してると惹きつけられるいいシーンがある。
室内で昔と今がいつの間にか切り替わってることに驚いたり、集中してると映像的な仕掛けもある。
・ネリーの慎重な歩き方は(子供らしいのかもしれないけど)、室内のシーンはじっくり見てしまう魅力があった。一歩一歩がいい。
・車のシーンでお菓子を食べていいか聞いたネリーは二つほどサクサク食べて、お母さんにも食べさせてあげるとこ。
ドンドンあげる。ジュースも何も言わずに飲ませてあげて、後ろから首元を抱きしめる。気遣いのできる子で、お菓子ドンドンあげるのかわいい。
・秘密基地の小屋に紅葉がついた枝をさして飾り付けした後、ポッケに手を入れて満足げなシーンが好き。
・ヒゲを剃った後の二人の笑顔とセリフがいい
・寝たら明日に瞬間移動ってお父さんが言って切り替わるとこ好き。
・二人で完成した秘密基地を肩組んで見てるとこいい。
・未来の音楽を聴いたマリオン。
真顔で聞いていて、ニッと口角をあげて、いいじゃんな表情がいい。
・ボートで湖?を漕いでるシーンは楽しそうで羨ましい。絵本の冒険みたい。
近いもの同士だと垣根なく話せる。
親と子だと立場や役割が違う。
子供同士で同じ位置から話せた二人、本人から聞いた言葉は大きな慰めになった。
好きなセリフ
おばあちゃんとの「さよなら」や、
・マリオンのセリフ
「あなたのせいじゃない」
「私が悲しいのは私のせい」
・ネリーのセリフ
「謝らないで」
「いい時間だった」
何度も繰り返すセリフがあるとフランス語全く知らないけど言いたくなった。
ハッピーバースデーの曲を二回歌うとこ、私も真似して二回目は一緒に歌った。
あと、あいさつとか。
私は亡くなった人に会いたいと思ったことがない。
でも以前飼ってた犬にはずっと会いたいと思ってる。
映画見てすぐは自分の感受性が豊かではないからか、経験不足からか感動はそんなになく、おばあちゃんに会えたことの大きさを実感してなかった。
もし、亡くなった犬にもう一度会えたらと考えたら、理解でき、遅れて感動した。
身近な人が亡くなって、悲しみと後悔に苛まれてるとき、もう一度会いたい話したいとなる。この森でそれが叶う。
これは夢ではないと思うけど、夢のようなとか、夢にみたとか、望むけど叶わないものを見せてくれた。
エンディングの歌詞の一部
あなたと一緒に 子供でいる夢
あなたを離れて 子供でいる夢
二回目見て思ったこと
・お父さんが小屋?なんのことってなってて、
お母さんが忘れてるって言ってるとこ。
ネリーとのこと記憶が混ざってるんじゃないかな。
・最初の夜、ベッドでネリーを子供扱いだったけど、最後ネリーが「マリオン」と読んだらまっすぐ見て「ネリー」と嬉しそうに呼ぶ。
ネリーは自分が子供だとわかってるし、マリオンも自分はもう子供じゃないとわかってる。最後のシーンでは子供と大人で話してるんじゃなくて、ひとりとして接してると思った。あぐらかいて話す姿が変わらなくていい、見てるだけで泣けてきた。二回目はじわじわ感動した。
セリーヌ・シアマ監督はインタビューで、
子供の頃に会ってた記憶はあるか?の質問で
→それはどうでしょうか。私はそうは思いませんが。
と答えている。
重要なのは体験で、関係に何らかの影響が出ている。と
あれが母だと知らずに見てたら印象が変わったのかなあ。お父さんにも見...
あれが母だと知らずに見てたら印象が変わったのかなあ。お父さんにも見えるってのはどう考えたらいいんだろう。
少女の後ろ姿を淡々と撮る。さすが女性監督。
『異人たちとの夏』とか『さびしんぼ』とか、大林宣彦監督作品をリスペクトしているなぁ♥
少女の成人女性に変わる前のズドーンとした幼児体が、かよわく無骨に何かを探し回る。その後ろ姿をこの演出家は、淡々と追いかける。鑑賞者として色々な思いが揺さぶられる。
最後はちゃんと『さよなら』って言えたね。
8歳の少女ネリー(ジョセフィーヌ・サンス)。 祖母が亡くなり、両親...
8歳の少女ネリー(ジョセフィーヌ・サンス)。
祖母が亡くなり、両親とともに祖母が暮らした森の中に建つ祖母の家を訪れる。
遺品整理、実家整理のためだが、何をみても祖母を思い出し、心がつらくなるネリーの母マリオン(ニナ・ミュリス)は、突然、出て行って帰ってこなくなってしまう。
残されたネリーは、森を探検、奥にかつて母親がつくった粗末な小屋を発見し、マリオンと名乗る自分そっくりの少女(ガブリエル・サンス)と出会う・・・
といった物語で、喪失と癒しがテーマ。で珍しいのは、幼い娘が母親を癒すところ。
幼いネリーが幼いマリオンと出逢い、親密になっていく中で、マリオンの母親(つまりネリーの祖母)がいつ死んでしまうかを告げ、不安にならないようにとあらかじめ癒しを施す。
ひとはいつかは死ぬのだけれど、いつ死ぬかはわからない。
わかっていても受け容れられない。
受け容れるには長い時間がかかるかもしれない。
ネリーの母マリオンには、それはそれは長い時間が必要だったのだ。
不思議な魅力のある小品といったところですね。
監督は『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ。
ネリーとマリオンのおうち
双子の少女というと、どうしてもダイアン・アーバスの作品、ひいてはキューブリックの「シャイニング」を思い浮かべてしまうが、何かしら不穏なイメージがよぎるのは、そのせいなのだろう。もっとも演じる少女たちは双子だが、物語の設定上はそうではない。
タイトルの「秘密の森の〜」も意図的に謎めいたイメージを増幅しているが、原題は“小さなママ”で、いきなりネタを割っている。
上映時間も含めて、小品という感じだ。良質ではあるが、さほど深い感興を呼ぶものでもない。ディテールの描写は丁寧で、印象に残る場面は多いが(少女がスナック菓子を咀嚼する音とか)。
同じ顔の少女を見て、お父さんが何の反応も示さないのがナゾだ。
優しさに包まれたなら
陰惨な映画だと思っていたが、
全くそんな事のないほっこり映画でした
幼き母親と対面するってどんな事だろう
と思いながら観てたけれど
ただただ一緒にいるのが楽しくて
そして別れるのが淋しくてという
かなりしっとりと描かれていました
おばあちゃんにちゃんとさよなら言えたしね
小さい頃は神様がいて〜というやつですね
私もきっと幼き母親と会えたなら
ああいった感じで笑えるかもな、と思いましたよ
Au revoir !
ミニマルな舞台説明、小気味よい場面展開、シンメトリックとしてのタイムパラドックスの場面構成、どれも削ぎ落とした情報のみのミニマルさに仕上がっている作品である
先ずは子役二人の、例えは悪いが"小動物感"溢れる自然な演技や表情と、しかし芝居としては8歳の女の子にはかなり困難な秘密基地建設や芝居ごっこ、ボートでの冒険等をハラハラ感を充分演出させているそのギャップにやられてしまう。ストーリーそのものもキチンと伏線が回収されるニクい建付けにも質の高さが窺える。
淡々としたストーリー展開の中でも二人にしか通じ合えない大人のウィットを散りばめた深刻な会話や、共にお互いを慈しみ合う情景に、愛おしさがスクリーンから滝のように溢れ出て、歳を取ったせいか中盤から目がウルウルしてきてしまう有様であった。大人では捻り出せない、子供だからこその柔軟性と許容量の広さを活かしたプロットが今作品のキモであろう。
ヒューマンファンタジーの真髄を今作品では発揮していると思う。
物足りない
短いのはいいし、こんな感じのさりげないSFはすごく好みなのだけど、その結果特に何もないのが物足りない。うちの小2の男の子と同年齢なのだけど、二人ともずいぶんしっかりした子だ。
宮崎アニメの実写版という感じでした
8歳の少女が、亡くなった祖母の家の片付けを手伝う傍ら、家の周辺に広がる森に入り込んで行くと、自分とほぼ同じ年恰好の少女に出会うというお話でした。実はその少女、その日の朝から姿を消してしまった自分の母親の子供時代という設定。紅葉が映えるフランスの田舎の風景と可愛い少女が登場し、非常にふんわりした雰囲気の映画でしたが、実はSFなんですね。
端的に言えば、少女が主人公、森を通ると母親の少女時代にタイムスリップする、少女時代の母親と交流する、そして直前に亡くなった祖母の若い頃にも出会う、という構図なんですが、「となりのトトロ」や「千と千尋の神隠し」と言った宮崎アニメを実写にしたような印象でした。
そして驚いたのは、主役であるネリー、そして母親のマリオンの子供時代を演じたジョゼフィーヌ・サンスとガブリエル・サンスが双子らしく、見分けが付かないくらい似ていたこと。そして二人とも実に演技が上手い!(フランス語がサッパリなので、実際せりふ回しがどうなのかは分かりませんが。)ただあまりに似ており、最初は髪形が違っていたのでそれで判別出来るかと思っていたものの、シーンが替わる毎に髪形も変わるので、かなり注意深く真剣に観ていないと判別するのに迷ってしまいました(笑)
本作が素晴らしいのは、単に可愛い子役を使った映画というのに留まらず、登場人物たちの心の機微を役者たちが見事に描いていたことでした。そして物語的にも、現在の出来事とタイムスリップした過去の出来事が見事にリンクして、それらが終盤に向けてアウフヘーベンされていく創りは非常に印象深いものでした。
先月観た「デリシュ!」に引き続いてのフランス映画でしたが、いずれも景色が綺麗な上、物語もしっかりと創られていて、今後も要注目したいと思わせられました。
抽象的な表現が好きな人向け?
決して難解ではないけど、説明もセリフも少なくて、あ、という感じで終わってしまう。7歳の子どもなら、森で出会った女の子の自宅が自分のおばあちゃんの家と同じなら、その時にそれを言うと思うんだけど、黙っている。 3世代の女性、と宣伝されているが、祖母とのコミュニケーションは殆どなくて(恐らく「オーヴォワール」と言えた、ということ)予告編を見ている者にはそこで説明されている感じがした。要は子ども目線で繊細な心情を描いた作品。
祖母の死により森の中の実家の片付けに行くが、途中で31歳の母親は身勝手にも出て行ってしまう。父親と2人になった主人公は、ボールを探しに行った森で母親と同じ名前の自分と瓜二つの同い年の女の子と会う。その子の家は祖母の実家の昔の状態の家で、祖母と同じく足の悪い母親と暮らしていた。女の子は3日後に足の手術をすると言う。自分の家にも連れてきて父親(将来の結婚相手)と3人で過ごしたりして、手術まで2人は出来るだけ遊ぶことにする。
子どもは親の行動を静かに見て感じ取っている、ということ。
スクリーンから女児力が迸る。
自分がチョイスする作品次第なんだろうけど、
昨今は世相を反映してか、恐怖や残酷なシーンがこれまで以上に多く、かつ深刻になっている潮流の中で、揶揄もすると物足りないと感じるほど、穏やかで微笑ましい作品。
とにかく、子供の頃の母と一緒に時間を過ごす、と言ったアイディアがとてもハッピー。
母の歴史に触れ、母との繋がりを想う気持ちがとてもチャーミングに表現されている。
お気に入りのシーンは2つ。
1つは、冒頭病院から帰る車中で、運転する母にお菓子を食べさせてあげるシーン。自分が助手席に座って見ているような視点で、運転する母親の横顔に向けてカメラをフィックスする映像は、とても微笑ましい。
もう一つは、ドラマの転換点にもなる、母の誕生日にもかかわらず家に帰らない決心をして、パパに「今日じゃなきゃダメ」と伝えるシーン。この願いを振り切ることができるオトナは、なかなかいないかと。
周りの大人たちが、かつて“誰かの子ども”だと知って、不思議な気がしたことがあるすべての人へ
ネリーは8才の女の子。
彼女が病院を後にするシーンから本作は始まる。
病院で彼女の祖母(母の母)が亡くなったのだ。
ネリーは個室を回って、入院患者たち(祖母のお見舞いで病院に通ううちに親しくなったのだろう)に「adieu」とさよならの挨拶を交わす。
その後ネリーは両親と一緒に祖母の家(つまり母の実家)に行く。
亡くなった祖母の家を片付けるためである。
だが、母親のマリアンは姿を消してしまう。
祖母の家は森の中にあった。
父親が家を片付けているあいだ、ネリーは近くの森に出かけ、そこで自分と同い年の少女と出会う。
その少女はネリーとそっくりで、しかも、彼女の母と同じ名前「マリアン」と名乗った。
2人はすぐに打ち解けるが、少女の家に招かれたネリーは驚く。
その家は、いま自分が過ごしている祖母の家と同じだったからだ。
そこで出会ったマリアンの母は、足が悪く杖をついていた。その杖は、ネリーが祖母の形見にもらったものと同じだった。
マリアンはネリーの母親、そしてマリアンの母親は、ついこないだ亡くなったネリーの祖母だったのだ。
本作の原題はPetite Maman、つまり「小さなママ」。
誰もが、自分が子どもの頃、親も含めた大人たちが、みな、かつては「誰かの子ども」だったということに、不思議な感覚を覚えたのではないか。
本作の主人公ネリーは、「子どもの頃のママ」と出会い、まさに、そういう事態に“リアルに”向き合うことになる。
ネリーはだから、とても奇妙な感覚を覚えただろう。
でも、いくら未来の自分の母親だとしても、目の前のマリアンは同い年の少女だ。2人は仲良くなり、いっしょに遊んだりクレープを作ったりして楽しく過ごす。
子ども特有の、気が合えばすぐに親しくなって心が通じる。そういう関係が描かれている映画は、これまでもたくさんあったが、この2人が、未来においては母と娘である、というところが本作のミソである。
母親と「友達になって」、少女のときを楽しく過ごす。それは、映画の中でしか有り得ない、おとぎ話だ。
“おとぎ話”の時間で母との距離が縮まったネリーは、ラスト、母親を「ママ」ではなく「マリアン」と呼ぶ。
ネリーたちが行ったときから祖母の家は片付いていて、入院生活が長かったことが窺えた。長い入院生活の世話からだろう、ふさぎがちになっていたママに、ネリーはさらにうまく寄り添うことが出来るようになったみたいだ。
少女のマリアンは手術のため、もうすぐ入院することになっている。ネリーは、その手術を乗り越えた母を知っているし、話も聞いている。
だから、ネリーは少女のマリアンを励ますことが出来る。
そもそも現代のマリアンも、母を亡くし悲しみの中にいた。
身近な人が元気を失っていたら、相手が年上だろうが、自分が子どもだろうが関係なく心配になるもの。
相手は母親で、自分はまだ子どもなんだけれども、身近な人をいたわるネリーの純粋さがいい。
ネリーは、祖母の臨終には立ち会えなかった。そのため、亡くなった祖母に、「adieu(さよなら)」と言えなかったことを悔やんでいた。
「おとぎ話の時間」の中で、彼女は心残りを解消する。入院するマリアンを乗せて車を出そうとする祖母に、ネリーは「さよなら」と言った。
今度は大切な人に別れの挨拶が出来たネリーは満足そうだった。
青い服のネリーと赤い服のマリアンのコントラストが美しい。
何より、2人の子役が可愛い。ちょっとしたいたずら、いっしょに冒険を楽しむ表情が印象に残る。
現代の、祖母が亡くなった家は寒々しいが、少女マリアンの住む家は、同じ家だが暖色系で彩られ、温かく描かれている。
こうした対比も見事だ。
子どもは若いのだから、当然、周りの大人の死を経験しながら成長する。
生きるということは、すなわち、死者を見送る、ということでもあるのだ。
本作は、そういう、生きていれば誰にでも起こり得る人生の1コマを取り出し、ネリーにとっての特別な時間を描き出した。
上映時間73分の小品ながら、大切な人との喪われた時間への想いに満ちた素敵な“おとぎ話”である。
子どもの目から見た世界
人生半世紀以上生きてしまうと、子どもの目に社会が、それも大人の社会がどう映っていたか、すっかり忘れてしまっている。
もちろん、この映画の主人公が若きママに会ったのは確かだろうし、父親もその若きママに会っているから間違いはないだろう。でも、その自分がかつて持っていた、少年の目の感性を少し、掘り下げてくれたそんな印象。
そして実際問題として、ほかのレビューで書かれてたが、自分だってひょっとしたら若き自分もしくは、さらに年老いた自分と何処かで出会っている可能性もあるわけだ。リアルなストーリーとして考えた場合。
もっとも、そんなことは見た後で思いを馳せただけで、終わり方といい、すごく心に染み込む映画だった。
MARION CREPE
スクリーンで少し早めの紅葉が見れてよかったです!🍁
子どもたちが森で遊んでいるシーンが、自然の中に実際にいるような雰囲気で良かったです。
(小鳥のさえずりや風の音)
秘密の森で更に不思議な事があった方が、展開があっておもしろいかな?とも思いましたが、これはこれでシンプルな作品で良かったです。
個人的には2人の子どもがクレープを作ってるシーンが1番好きでした!
映画鑑賞後の余韻が、儚いけど幸せな気分になれました☺️✨
Au revouir
大好きだった祖母を亡くした少女の心残りと不思議体験のお話。
大好きだった祖母が亡くなり、両親と共に祖母の住んでいた森の中の一軒家を片付けに行った8歳のネリーが、森の中で母と同じマリオンという名前の8歳の少女と出会い巻き起こるストーリー。
雨が降り出しマリオンの家に行くとホラーかとも思わせる何と祖母の家と同じ家。
更にはマリオンの祖母はネリーという名前!?
不思議な状況下でネリーとマリオン、そしてマリオンの母との交流をみせていく流れから、どんな展開やオチが待っているのかと期待値は高まったけれど、特に大きな変化はなくそのまま終了…。
えっ?確かにママは帰って来たけど、まさかのチョイ役的に登場した人物との挨拶がメインなのか?
ホラーではなくてどこかジブリっぽさを感じるファンタジーだったけど、これで何を感じれば良いのか、自分には難しかった。
合わなかった
大好きだった祖母が亡くなり、孫で8歳の少女ネリーは両親に連れられ、祖母が住んでいた森の中の一軒家の片付けに来た。しかし、少女時代をこの家で過ごした母は何を目にしても胸を締め付けられ、ついに家を出て行った。残されたネリーは森を散策するうちに、母マリオンと同じ名前を名乗る8歳の少女と出会い、親しくなった。少女は・・・てな話。
続けて観た「彼女のいない部屋」と同じように母親が居なくなる話で、ごちゃごちゃになった。
森や自然は綺麗なんだけど、空想なのか、夢なのか、母親の幼少期と一緒に遊ぶ???で、終わった。
合わなかった。
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