「仏文純文学」秘密の森の、その向こう R41さんの映画レビュー(感想・評価)
仏文純文学
秘密の森の、その向こう
2022年 フランス作品/原題:Petite maman
この作品は謎であり、ファンタジーであり、そして現実だ。
娘・母・祖母の三世代をつなぐ喪失と癒しの物語。
森は、記憶の奥にある秘密の部屋のように、静かにその扉を開ける。
■ ネリーの視点と問い
賢いネリーは、祖母の死と母の喪失感を敏感に感じ取る。
「この家が嫌いだから出ていくの?」
幼い問いは、大人が言葉にできない感情を突き刺す。
父は「ママが出ていった」とだけ告げるが、理由は語られない。
ネリーは答えを求めず、母の沈黙に潜む悲しみを読み取ろうとする。
■ 森で出会った「マリオン」
祖母の家の裏に広がる森。
どんぐりのキャップで吹く口笛。
母がかつて遊んだように、ネリーも遊ぶ。
そして出会う、同じ年頃の少女――マリオン。
ネリーの母と同じ名前を持つその少女は、まるでタイムスリップした母の姿だ。
ネリーは気づく。家の雰囲気も間取りも同じ。偶然か、幻想か。それは重要ではない。
大切なのは、その出会いが悲しみを癒す力を持っていることだ。
■ 「さようなら」の重み
ネリーの心に深く突き刺さっていたのは、祖母に「さよなら」が言えなかったこと。
母のソファベッドに潜り込み、母と一緒にその言葉を口にしたとき、ネリーは母の「さようなら」に深い悲しみを感じ取った。
母の沈黙は放棄ではなく、整理のつかない混乱だったのだろう。
森で出会った母と同じ名前の少女――ネリーは仮説を立てる。
当時の母の姿や生活、病気のことを知り、同じ年齢の彼女に「秘密」として知らせることで、母の気持ちを探ろうとする。
■ 原題と邦題の違い
原題「Petite maman」は「小さなママ」私と同じ頃のママは、何を感じ、何を考えていたのか?
邦題「秘密の森の、その向こう」は幻想的で、物語性を強調する。
原題は親密さを、邦題は神秘性を示す。
■ 説明できない体験
この作品はファンタジーに見えるが、幼い頃の説明できない体験は、実体験であり事実だ。
人は心の中で起きている事実を説明できない。
それが思考ではなく感情である場合、自分にさえ説明できない。
母の混乱は、祖母の死と過去の記憶が相乗的に再発した悲しみだった。
ネリーは母と一緒に祖母に「さようなら」を告げ、それはネリーにとって癒しとなり、母にとっては過去を呼び起こす言葉になった。
■ 結び
誰もいない森の中で、喪失感は孤独との戦いだ。ネリーとマリオンの遊びは、無意識に閉じ込められた悲しみを、新しい命の喜びで癒していたのかもしれない。
誕生日の歌を繰り返すことで、マリオンは特別感を感じ、その記憶が今の母を静かに修復させたのだろう。
この映画は、タイムスリップの物語ではない。
説明できない体験を、幼い心が抱えた記憶の物語だ。
人は、心の中で起きている事実を言葉にできない
。それが思考ではなく感情である場合、自分にさえ説明できない。
『秘密の森の、その向こう』は、その説明できない悲しみを、静かなファンタジーで包み込む。
そして問いかける――あなたは、母の「小さな頃」を想像したことがありますか?
