「昨年『ドライブ・マイ・カー』で瞠目させられた同監督、3時間になろう...」偶然と想像 りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
昨年『ドライブ・マイ・カー』で瞠目させられた同監督、3時間になろう...
昨年『ドライブ・マイ・カー』で瞠目させられた同監督、3時間になろうかという前作と打って変わって、今回は短編集。
監督にはそれぞれベストな尺があると思っているので、この変化に一抹の不安もありましたが・・・
さて、映画。
それぞれ40分前後の短編集。
一話目「魔法(よりもっと不確か)」。
仕事帰り、タクシーに同乗するモデルの芽衣子(古川琴音)とヘアメイクのつぐみ(玄理)。
つぐみから切り出された話は、最近出逢った気になる男性の話。
初対面で、15時間も取りとめもない話をし、意気投合したという。
「寝てもいいかな、と初めて思った」というつぐみだったが、相手の男性は「2年前に別れた彼女のことがあって・・・」とその日は別れてしまった。
思い当たる節があった芽衣子が向かった先は、元カレ(中島歩)のところ・・・
といったところからはじまる物語で、少女漫画やライトノベルあたりにありそうな展開なのだが、「相手を傷つけることしかできない出来ない自分に、思い切り傷つく」という芽衣子のキャラクターがリアルで秀逸。
終局、偶然3人が出くわした場で真実を打ち明けて、ふたりを傷つけてしまいたい・・・と願う芽衣子の横顔へのズームアップは、フランスのヌーベルヴァーグ的な撮り方で、ドキッとしました。
二話目「扉は開けたままで」。
大学でフランス語を教える傍ら小説を書いている瀬川(渋川清彦)。
ひとりの学生が、彼の机の前で土下座をしている。
欠点を取り、留年しそうなのだ。
それから5年。
留年した土下座学生・佐々木(甲斐翔真)は、年上で人妻の同級生の奈緒(森郁月)と不倫関係にある。
周囲から浮いている奈緒の相手は佐々木しかいない。
そんな中、瀬川の小説「アンダルシアの虹」が芥川賞を受賞。
瀬川への恨みを晴らしたい佐々木は、奈緒を使ってハニートラップ・スキャンダルを仕掛けようとするのだが・・・
といったところからはじまる物語で、瀬川に惹かれるところがある奈緒の行動はハニートラップがトラップにならず、と展開。
瀬川の前で、「アンダルシアの虹」のエロティックな一節を朗読する奈緒のシーンあたりから、「ははん、これは村上春樹小説のパロディだねぇ」と気づく。
読んでいる一節の文体が、村上春樹そっくりなのだ。
硬質な台詞のやり取りの中からエロティシズムを感じさせる「大人のコメディ」として成立おり、さらに5年後のハニートラップの顛末と奈緒の意趣返しを匂わせるエンディングも含めて、これが意外と面白い。
他の2編は短編として完成しているが、この話は長編小説の一部を切り取った感もあって、観ている側の想像を働かせます。
三話目「もう一度」。
高校の同窓会に参加するため故郷・仙台へ戻ってきた夏子(占部房子)。
20年以上も経っているので、誰が誰やらわかならい。
そもそも自分はクラスでも異邦人のような存在だった。
同窓会の翌日、仙台駅前の大歩道橋のエスカレーターで、同じ年代の女性(河井青葉)とすれ違う。
「あの娘だ」とピンときた夏子は、女性を追いかけ、捕まえる。
「ここから15分程度のところに自宅がある」という女性の言葉に甘えて、挨拶もそこそこに女性の住まいに向かうが・・・
といったところからはじまる物語で、「そんなこと、あるんかいな」的な展開になるわけだけれど、「あれれ、このひと誰だっけ?」というのはよくある。
20数年経っているんだから、判別できなくても当然。
で、この話で面白いのは、本当の自分を吐露するのは「相手だけが知っている、自分の知らない他人」を演じているときだけ、ということ。
「ほんとうの私の心」は「私の知らない私」というのは映画でもしばしば描かれるが、この短い尺でキッチリと描けるとは想像もしませんでした。
ということで、いずれも面白く、すばらしい出来。
なお、二話目、三話目には、登場人物ふたりの正面バストショットの切り返しがあって、「お、小津!」と思わされました。
タイプの異なる話を繋いでいくのはシューマンのピアノ曲集。
だが、演出の工夫もされており、群像に近いざわざわとしたプロローグがあって、登場人物が絞り込まれていき、短いエピローグがある。
脚本時点で相当練られているといえるでしょう。
それが、ベルリン国際映画祭での銀熊賞受賞につながったのでしょうね。