「和製『メッセージ』とでも言うべき、ケン・リュウ原作の素敵な邦画SF」Arc アーク ワンワンさんの映画レビュー(感想・評価)
和製『メッセージ』とでも言うべき、ケン・リュウ原作の素敵な邦画SF
よかった!本作は邦画SFを予算的無理のない計算で上手く成立させていると感じた。その大きな要因が、バキッと決まったルックとSF的ガジェットを描き過ぎないミニマルさと考える。現実と違うと一目でわかる緑のハンバーガーなどは興醒めするくらいである。(ただ、「食」を描くことも本作では必要不可欠と思う)
映画は社会からドロップアウトしたリナ(芳根京子)がエマ(寺島しのぶ)の導きを受けてとある仕事に就く前半と、不老不死となったリナが娘と過ごしながら自らの死期を悟った夫婦と触れ合う後半に分かれる。
印象に残ったセリフに、後半のシーン、小舟で生き別れになった自分の子とリナが対話するところがある。自身の母への思いから始まり生い立ちを語るリナの子が「あんたもそろそろ自分の人生を生きるときだ。母さん。」と言う。印象に残った演出に「リナが手で何かを触れること」がある。赤ん坊に触れる、死体に触れる、天音に触れられる。彼女は「何かに触ることが好きだった」と語る。
本作では、始まりから終わりまで濃密に「生」と「死」が描かれている。生まれる赤ん坊の画から始まって、プラスティネーションの死体達、老いる老人、死んだ赤子。そして不老不死が実現したリナは「死が無くなった人間において生きること」を問いかける。
これは凄く深い問いだと思いました。未だに自分の中に答えは無いけど、映画ではリナは一つの答えを出す。これが凄く感動的、というか不完全な人間の肯定だと思うのです。
何かに触れることが好きだった彼女は、映画の最後に空を掴むようにして何かに触れる。オープニングとの対比として描かれるこの描写。
私の解釈にはなりますが、それは彼女自身の人生であり、生きることそのものを掴み、理解し、取り戻したのだ。それを得るために人生に始まりと終わりが必要であって、そのひと続きの人生が積み重なって人間社会や食物連鎖、もしかすると輪廻転生といった大きな円が形作られる。Arc(円弧)というタイトルを思い出して噛み締めたくなる。
物語の起伏をもってつまらないと感じる方がいるのも分かります。ただし、私個人としては本作は大満足ですし、自分だったらどんな選択をするかと考えることが凄く楽しい作品でした。
蛇足
こういう「生」や「命の循環」を描く作品では生のメタファーとして「性」描写がよく出てくるし、その必然性もよく分かる。とりわけ性的な臭いをよく感じたのが冒頭のダンスシークエンスだったけど、本作に濡れ場は無かった。この作品には性描写はあった方が良くなるのでしょうか。