劇場公開日 2022年4月8日

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「人は優しさを取り戻すことができる」とんび 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5人は優しさを取り戻すことができる

2022年4月11日
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鑑賞方法:映画館

 阿部寛の演じる市川安男は、暴れん坊の大男だが普段は真面目でよく働く。キレやすいから要注意だが、そこが面白くてからかう仲間もいる。何度も騒動になるが、安男が人を怪我させたりしないことは、みんなわかっている。

 瀬々監督と阿部寛は前作の「護られなかった者たちへ」に続くコンビで、相性がとてもいいようだ。無理のない演出で自然な演技ができる。そのおかげだろうか、男の優しさや誠実さが、無口でぶっきらぼうな態度の中に滲み出る。そこにじんわりとした感動がある。

 俳優陣は概ね好演で、照雲さんを演じた安田顕が特によかった。安男があまり歳を取らないのに対して、照雲さんは徐々に老けていく。見た目もそうだが、歳を取るにつれて人柄が丸くなっていくのは、演出というよりも安田顕の演技力だろう。

 ハイライトは息子の入社試験の作文を読む場面だ。二十歳の誕生日に和尚の手紙を読み、父の本当の優しさに触れたことで、旭は人間的にひと回り成長する。二十歳の誕生祝にこれほど素晴らしい手紙はない。旭は安男だけの子供ではない。照雲さんの言う通り、街のみんなの子供なのだ。たしかに戦後の昭和はそういう時代だった。
 それがいい時代だったのかどうかはわからない。善意もあったが、欲望や差別が剥き出しだった時代でもある。それに対して、今は欲望や差別を隠蔽する時代だ。そして匿名の悪意が猖獗を極めている。男の優しさなど、どこかに消えてしまった。

 しかし人は優しさを取り戻すことができる。別れが照れくさくて便所にこもっていた安男も、これが旭との今生の別れになるかもしれないことに気づく。そして追いかけて手を振る。どうか達者でいてくれ、息子よ。阿部寛の渾身の演技に泣かされる。素晴らしい作品だ。

耶馬英彦