劇場公開日 2022年1月14日

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「『運び屋』とセットで見るのにいいネオ西部劇」クライ・マッチョ とぽとぽさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5『運び屋』とセットで見るのにいいネオ西部劇

2022年9月30日
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昔あんたはとても強かった、でも今は違う --- 俺はやることがある、時間がかかってもやるべき仕事を終わらせたい
背筋のピンと伸びた背中の真っ直ぐな91歳。作品の欠点も凌駕する歴史の重みとカメラの前でも後ろでも輝く監督/主演の力。たしかにこの役を演じるには少し歳を取りすぎているのかもしれないけど、今なお否定し難い異様なスクリーン映えと衰えることのない魅力。そんな力強い唯一無二の魔法をぼくたちはあと何度見られることだろうか?
もしかすると彼にはもう『許されざる者』や『ミリオンダラー・ベイビー』は作れないのかもしれない、けどだからなんだ。早撮りで知られる彼の名作ぶらない軽妙なタッチが、ぼくたち見る者に彼の歩んできた=常に第一線で切り開いてきた並々ならぬ道程を自然と思い起こさせ/感じさせ、またそれを知らぬ若い層にまで届きそうな頬がほころび心温まる時間が約束されている。経験則に裏打ちされたような愛しさに満ちているのだ。感謝しかない。

舞台は1979年から一年後、つまり1980年。昔は伝説だったカウボーイ、かつてのロデオスターが、遠い昔の馬から車に乗り換えて友人に頼まれた仕事のためにメキシコへ。エンドレス恩義から、なかなかの無理難題ミッションを押し付けられるイーストウッド御大。いくら恩売ってたとしてもこんな歳の人にそんなこと頼むか!…とツッコミたくなる気持ちは、そういうものなのだと押さえて楽しもう。この作品に乗っかろう。と、冒頭からトントンとやや表面をなぞるように、だけど分かりやすく象徴的。時々、取って付けたような窮地もご愛嬌。
変わるには遅すぎる?"長い人生で身につけた"経験と知識。肩張らずに人生経験の滲み出た風通しの良さと気取らなさ。スペイン語と手話、互いに分からない差異を伴う反復。歳を取るといつか来る、大事な人々との別れ。セカンドライフで獣医を開けそうなほど動物に詳しいけど、老齢に治癒する方法はない。老いと共に無知な自分を知る。なんともユーモラスな空気漂う『運び屋』の精神的姉妹分のような作品。あるいは『グラン・トリノ』的側面もあるかも。そうした今までの、歴代の作品との共通点も見い出せそう。だから受け取り手次第で、勝手に感傷的にもな(れ)るかも。

こいつはマッチョ、強いってことだ --- どうでもいい
通りの闘鶏でただ一人稼ぎ、人は信用できないと言う13歳の少年。人間不信のアイデンティティー・クライシス真っ最中に陥っている。自分は馬も扱えず、逃げ足の早い白人か?過去の傷跡もいつか糧となればいいのだけど、少なくとも窮地を一度くらい脱せられるような役くらい立ってくれ。昔を彷彿とさせる怪我した暴れ馬との出会いに自身も投影できるよう、乗り方も知らない。
警察に通報もできない状況になって、俗に言う"簡単な任務のハズだった…"パターンとでも言うか道路封鎖の山に、盗難やオンボロ車=老体の故障。メキシコがアメリカ人=アメ公"グリンゴ"にとって犯罪だけの物騒な国でなく、言語や文化も超える人の優しさがあることもきちんと描いている。"信用"/信頼関係を時間をかけて醸成していく、徐々に打ち解けていく2人のテンポよくチャーミング魅力的な掛け合い。父親の依頼の裏にはやはり愛情とは違う企みがあるし、それならいっそ親と離れたほうが賢明だ。チキンじゃない。

P.S. 今は頼むからこの作品がまだ最後にならないことを切に願うばかり

俺はドリトル先生か?みんな俺に動物のことを相談しに来る
Thanks for everything.
腑抜けども
土曜の夜に焼いて食っちまうぞ?大切にするよ
for ALAN
勝手に関連作品『運び屋』『ランボー/ラスト・ブラッド』

とぽとぽ