「内心に自由がない、クー! だけで伝わってしまう世界」クー!キン・ザ・ザ sow_miyaさんの映画レビュー(感想・評価)
内心に自由がない、クー! だけで伝わってしまう世界
今作の公開は2013年。実写映画の27年後ということになる。
ソビエト連邦末期の空気感が漂っていた原作に比べて、今作はアニメということもあるが、より普遍的な物語になっているように感じた。
まず、主人公の一人が、プロのチェロ奏者に置き換えられていることが大きい。
アーチストは、その国の体制いかんに関わらず、興味のある人にとっては神のような存在だが、興味のない人にとっては、ただの人だ。そのこと自体が、映画の中で描かれている謎のペジェ様崇拝と相似形になっているし、DJ志望の甥が奏でる「聞くに絶えない」音の方が、世界的なチェリストの演奏よりも評価を受ける部分は、ポピュラー音楽とクラッシック音楽の関係のようでもある。
原作から変わらない、何の変哲もないマッチ棒が貴重な「カツェ」として価値を持ったり、人種やズボンの色によって厳然とした階級が決まっていたりという点も、ソビエト連邦やその後のロシアに対する皮肉というより、世界各地で起こり続けているカルチャーギャップや人種差別に近く感じられた。
ただ、自分にとって、一番印象が違ったのは、「拝金主義」的な傾向についてだった。
実写映画では、そういう眼差しで観ていたせいもあってか、「平等を建前にする国だからこその不正な金のやり取り」の風刺だと思っていたが、今作では、人を蹴落としてでも上に登りたいという「資本の奪い合い」のようにみえて、ここを普遍的に感じたのだ。
かつて資本主義は、民主主義と車の両輪と思われていたが、「実は中国の共産党一党独裁などでもそこそこ結果を出せることがわかり、離婚の危機が訪れている」といったことを、社会学者の大澤真幸がラジオで語っていた。
今作が制作されたタイミングも、一旦は民主化されたロシアが、プーチンの絶対的な権力のもと、民主主義が骨抜きにされた状況下でのことだし、今、アメリカをはじめ世界中が、権威主義的なトランプの我が者顔の振る舞いに翻弄されつつ、目先の儲けに血道をあげざるを得ない状況にある部分が、映画の中の世界と通じるように思えて仕方がなかった。
そういった個人的な感想は抜きにしても、アニメの造形的な面白さや、時折響きわたるチェロの美しい響き等で、最後まで楽しく、心地よく観られる作品。
紹介では、子供向け/コメディとなっているが、なかなかの大人向けだと思う。
余談だが、一番初めに、間違って地球に来訪してしまう宇宙人役の顔つきが、どうしてもサイモン・ペッグに見えて笑ってしまった。