走れロムのレビュー・感想・評価
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成れの果て。
「滅多に起こり得ない事で、それが起きなくても大勢に影響は与えないモノ」は無視できる。「滅多に起こり得ない事だが、それが起きてしまうと致命的な危害を及ぼすモノ」には対応すべき。
と、これは統計学者のJ.S.ローゼンタールの言葉。だから自動車保険には入るけど宝くじは買わないし、揚陸艦は要らないけど敵のミサイル基地攻撃能力は必要。
数字くじのデーはロトの簡易版なんで、ベトナム戦争時に持ち込まれたものと思われ。スラムの人々にとって「当たらなくても大勢に影響は無い」と言うモノでは、既に無くなってるってところから、「もう、終わりだよ、この人達」と言う印象しか湧いて来ないんです。
借金苦から掛けに手を出す。
コレはアカンです。故に、登場人物の誰にも共感できないし、肩入れも出来なくて。僅かばかり(と言い切れる)金を巡ってイザコザを繰り返すロムとフック。騙し、盗み、裏切りの連射砲。
ラストでチラッと「人の暖かさは無くなってないから」と来て、「遂にロムは親を探し当てて長距離バスに」的に終わるんですが、心にササナミも立たず淡々と眺めてしまいました。
共産党一党独裁(御多分にもれず)のベトナム。当局の検閲は受けたとは言え、コレは攻めてるなぁ、ってのは思いました。
息苦しかった。
人々のドロドロと振りと愚かさは、結構好みだったし、映画としてのクオリティ、暗さがクールな印象を与える撮影、室内と外の明暗を対比させる照明、言葉足らずの脚本、全部好き。
貧困層が貧困から抜け出せない仕組みは万国共通
めっちゃ面白いという前評判の割に結構人を選ぶ作品だと思います。
なんか爽快感のある作品が観たいという人よりは、社会派作品を好む人向け。
内容。
主人公のロムは両親を亡くした後、『デー』と呼ばれる違法賭博で生計を立てている。
『デー』とは国が発行する正規の宝くじの末尾二桁を予想するもの。
ロムの仕事は『走り屋』で、いつも決まった時間に行われる宝くじの抽選までに、末尾二桁を予想してカモから元手となる金を巻き上げている。
カモとなるのは、日々の暮らしも決して裕福とは言えない、老朽化した集合住宅の住民達。
住民達はお金がないので、自分の家を抵当に入れてくじの結果に全てを賭ける。
当たれば一攫千金。外れれば一文無しへ。
彼らの命を預かっているとも言える『走り屋』は、ロムを含めて子どもが多い。
皆、様々な理由で家族と別れているため、自分の力で生計を立てなければいけない。
塀を軽々と乗り越え、バク宙も難なく行える驚異的な身体能力の持ち主であるフックもその一人。
ロムとフックは常日頃から自分の予想屋としての能力を売り込み、顧客を増やそうと画策している。
そんなある日、何もかもを失くしかけている一人の老女から、くじ予想の依頼を受けるロム。
くじの結果を受け、彼女の元へと走っていくが―
まず、衝撃的であるのは、14歳の主人公の少年が当たり前のように違法賭博に関わっている件。
そしてそれ以上に、ある意味病気なんじゃないかと思うくらい賭け事にのめりこむ人々の中に、その一員として溶け込んでいる件。
割と子どもをメインに据えたこの手の映画は、どこか道徳的な観点から方向性が修正されることが多いのですが(本人の能力が開花することによる貧困層からの脱却だったり、富裕層による保護だったり)、この映画。最初から最後までロムは搾取しつつ、自分自身も搾取されるというガチ貧困層の立場を守り抜きます。サクセスストーリーとかンなもんないです。くじの予想が当たって一瞬パリピになるくらい。
ただ、それ故に生々しく、特に同じく子どもであるにもかかわらず、ヤクザっぽいアニキとの繋がりもあるフックとの縄張り争いは、ちょっとやそっとでこの立ち位置からは抜け出せないという非情な運命みたいなもんも感じました。
多分、アメリカンドリームとか見慣れた層のアメリカ人なら、きっとこの映画を観たらあまりの理不尽さに耐え切れずに号泣することでしょう。自信ある。
…という感じで。
社会の闇とか貧困層の文化を知りたいという方には、うってつけの映画かもしれんです。
ただ子どもが走り回っているだけの、爽快感のある映画を観たいという人は決しておすすめ出来ません。
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