「ゾンビ映画で上映時間148分!?」アーミー・オブ・ザ・デッド 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
ゾンビ映画で上映時間148分!?
エリア51で密かに研究されていたゾンビが搬送途中の事故で逃げ出し、ラスベガスの地に放たれる。やがて、世界一のカジノはゾンビパンデミックの温床となり、周囲をコンテナで隔離されたこの世の地獄と化してしまった。事態の終息を図った大統領は、小型核弾頭によるゾンビ掃討作戦を立案。残された時間が少ない中、アメリカ政府関係者の謎の日本人ブライ・タナカ(真田広之)によって集められた傭兵集団は、カジノの金庫に眠る現金2億ドルの強奪計画を実行する。
監督・脚本は『300(スリーハンドレッド)』『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』等のザック・スナイダー。自身のキャリアに於ける初監督作『ドーン・オブ・ザ・デッド』でも、ゾンビ映画の巨匠ジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ(1978)』を現代的で鮮烈なゾンビ映画にリメイクしてみせたが、今回更なる要素を引っ提げて再び原点に立ち返った。
その他の脚本に『ジョン・ウィック:パラベラム』『ジョン・ウィック:コンセクエンス』のシェイ・ハッテン。『オール・ユー・ニード・イズ・キル』『トランスフォーマー/ビースト覚醒』のジョビー・ハロルド。
音楽に『マッドマックス/怒りのデス・ロード』のジャンキーXL。
主演に『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズのドラックス役として有名なデイヴ・バウティスタと、非常に豪華な面々が揃っている。
本作を一言で表すなら【もっと面白く出来たはずの最高の素材】という所か。というのも、先述した豪華な面々の割に、あらゆる要素が突き抜け切らないまま終わってしまったように思えるからだ。ゾンビ映画にケイパーモノを織り交ぜるジャンルミックスぶりは非常に魅力的なのだが、本作ならではの生態を持つオリジナルのゾンビ含め、作品の構成要素が多く、詰め込み過ぎてどれもが散漫になってしまったように思う。
ラスベガスをコンテナで囲んで隔離する様子は、まるで『進撃の巨人』。オタクなザック・スナイダー監督の趣味が良く現れている。
詰め込み過ぎ故、上映時間はゾンビ映画にも拘らず148分と長尺。とはいえ、要素の多さからか中弛みはしない、というか足りなかったくらいだろう。
登場キャラクターがどれも曲者揃いなのは魅力的だった。また、強奪計画のメンバー集めのシーンはケイパーモノならではのワクワク感があり、工場跡地での打ち合わせは「絶対そんな上手くいくはずない」と分かりきっているからこその笑いがあった。
主人公のスコット・ウォードは、優秀な元軍人でラスベガスの惨劇を生き残った猛者。しかし、ゾンビパンデミックで妻がゾンビとなってしまった際に彼女を殺めてしまい、娘ケイトとの間に軋轢が生じてしまう。毎夜悪夢に魘されながら、現在では寂れたダイナーでハンバーガーを作る日々。
スコットの娘ケイトは、母親の死後、父とは離れて生活し、ベガス近辺の隔離区域でボランティアとして働いている。隔離区域で知り合った子持ちの母ギータを救出する為、急遽強奪作戦に参加する事になり、そこで父との和解を果たす事になる。
マリア・クルスは、スコットのかつての同僚で、現在では自動車の整備工。密かにスコットに想いを寄せており、現金以上に彼の為を思って作戦に参加。しかし、ホラー映画のお約束とも言うべき死亡フラグ建築後、見事にアルファゾンビによって首を90°回転させられ無惨な死を遂げる。
ヴァンデルローエもまたスコットのかつての同僚で、現在は介護施設で働く髭を蓄えた黒人男性。ラスベガス脱出の際には電動ノコギリで襲い来るゾンビを切り裂いていた。金庫破りのディーターとは次第に妙な友情関係に発展していく。ディーターの機転によって厳重な金庫に閉じ込められた事で核爆発の被害を逃れ、唯一大金を手にした勝ち組になるかと思われたが…。
金庫破りのディーターは、計画参加者中唯一マトモな戦闘スキルを持たず、変人気質で陽気なトリックスター。ただし、ヴァンデルローエの指導によると銃の扱いの筋は悪くなく、実際に何体かのゾンビを倒してもいる。
ヘリ操縦士のマリアンヌは、報酬額を聞いただけで即座に計画に乗る守銭奴。お喋りで裏切る可能性もある曲者だが、何処か憎めない。打ち合わせ映像でのサングラスに葉巻姿がイカしていた。
動画配信者であるマイキー・グーズマンとチェンバースの勇ましい奮闘ぶりが良かった。決して必要ではなさそうなこの2人の活躍が、意外にも作品のスパイスとして機能していた。特に、チェンバースはシャンブラーが密集した閉鎖空間でのナイフと銃を駆使した近接格闘の見せ場が素晴らしく、序盤での退場が惜しいくらいに本作一の活躍ぶりだったように思う。
隔離区域のボスであるリリー(通称コヨーテ)は、隔離されたベガスへの侵入方法を知る案内人。アルファゾンビによるベガス内の支配構造にも詳しく、嫌味な隔離区域の傭兵バートを彼らへの生贄として捧げる。隔離区域の住民をベガスへ案内し続けてきた事に、彼女なりの罪悪感もある。
隔離施設で生活するギータは2児の母。子供達と脱出する為、危険を承知で衛兵へ渡す賄賂の金5000ドルを稼ぎにリリーの案内によってベガスの地に赴いた。
スコット達を手引きするブライ・タナカは政府関係者と思われる黒幕。本来の目的は現金ではなく、ゼウスの持つアルファゾンビを生み出すウィルスの回収。監視役&ウィルスの回収役として部下であるマーティンを送り込む。真田広之の胡散臭い演技は良かったが、あまり活躍の場が無く、後半はほぼ空気と化していたのは残念だった。
本作の主役とも言えるゾンビは、生物兵器として研究されていたという出自を持つ。
パンデミックの原因となる原初のゾンビ ゼウスと、彼に直接噛まれて変化したゾンビは、高い身体能力や戦闘スキルを有しており“アルファゾンビ”と呼称される。ゼウスを頂点に一種の社会を形成しており、彼の命令によって動く軍隊の様相を呈している(タイトルの『アーミー・オブ・ザ・デッド』もここから来ている)。
ゼウスは知能も高く、自らの弱点となる頭部を守る為、鉄製のマスクを被って行動する。彼の乗るゾンビ馬は、まるで『北斗の拳』の黒王号のよう。
また、ゼウスの妃に当たるザ・ブライドは彼の子供を妊娠中。この“ゾンビの妊娠”という部分は、『ドーン・オブ・ザ・デッド』でも見られた展開なので、ファンとしては嬉しい。
一般的なゾンビは“シャンブラー”と呼称され、動きも緩慢。ただし、本作ならではの特徴として、砂漠の直射日光で干涸びても雨に晒されると復活する。また、直立したまま睡眠を摂るという特徴もあり、その様子は、まるで並べられたマネキンのようだった。
サーカスで飼われていた虎がゾンビ化し、ゾンビタイガーとなっていたのも面白かった。ゾンビ化している以外は、行動や身体能力は生前と変わりなく、その高い身体能力でマーティンを殺害する。
ゾンビ達との戦闘シーンは、流石これまで数多くのアクション大作を手掛けてきたザック・スナイダー監督だけあって見応え十分。襲撃戦は勿論、ナイフによる近接格闘、素手による肉弾戦まで披露される。しかし、せっかく電動ノコギリなんてオイシイ武器を持ってきたヴァンデルローエの活躍が少なかった(電動ノコギリもオープニングでのラスベガス脱出でしか使っていない)事、クライマックスのヘリでのゼウスとの決着が銃弾によるヘッドショット1発というのはあまりにも勿体無く感じられた。
クライマックスは、ゼウスに噛まれてゾンビ化するスコットとケイトの親子愛。涙ながらに父親を撃つというのは、ベタながら王道。しかし、肝心の親子関係の修復過程が今一つで、劇的な展開を持って来られてもノリ切れない。また、このオチは容易に想像出来てしまった。
唯一の勝ち組となれそうだったヴァンデルローエも、ゼウスとの戦闘で負傷し、ゾンビ化しつつある事が明かされるラスト。ゾンビパニックは終わらないというお約束だが、正直、もう少しくらいは生き残るメンバーが居ても良かったように思う。
核弾頭でゾンビを掃討し、ゾンビパンデミックを終息させるというアイデアは良かっただけに、気持ち良く終わっても良かったと思う。
魅力的な要素に満ち溢れていただけに、もっとそれぞれの要素を活かしきる、もしくは描く要素を絞ってじっくり描いていれば更なる傑作にもなれたであろう点が残念。ザック・スナイダー監督が自身のキャリアの原点に立ち返り、やりたい事を詰め込んで楽しんだであろう点は微笑ましい限りだが。