「原作完全履修者向け、上質」THE FIRST SLAM DUNK 映画読みさんの映画レビュー(感想・評価)
原作完全履修者向け、上質
ネタバレ有です。注意
・私の鑑賞状況
スラムダンクは通常版、完全版、どちらも全巻持っていました。特に「キャラ牽引を狙いすぎなくなった」感のある豊玉戦~山王戦が好きで、それらの試合の内容はほぼ暗記しています。
特定のキャラが好きなキャラ愛勢ではなく、完成度の高いキャラクター漫画作品として好きです。
原作を追うようになったきっかけは地上波アニメ版ですが、地上波アニメ版自体は原作を買うようになってからは見なくなりました。そういう人間のレビューとなります。
・概要
ひたすら秘匿され続けた内容ですが、vs山王戦です。
前半戦は出だし以外カット気味(一之倉や河田弟の活躍はカット)、後半戦は詳細に描きます。
原作とほぼ同じ山王戦の流れに沿いながら、要所要所で宮城リョータの過去と、原作では描かれなかった各メンバーの過去が挿入されます。山王戦は本作で完結し、最後にちょっとしたサプライズもあります。
リョータの過去が結構重たく、リアリティラインも高めで、それが許す範囲内でのギャグやコミカル演出に抑えられているので、やや大人向け。少年少女時代にスラムダンクを読んでいた人は三十代半ば~になっているので、演出の方向性は間違っていないと思います。そういう意味で、新規を取り込みたい「再出発」の作品ではなく、大人になったファンのファン魂を深めて満足させにいくタイプの作品です。
原作と本作どちらが好きかと問われたら原作ですが、どちらも8割方同じ良さを持ち、残り2割部分は目指した方向性の違いということでそれぞれ異なる良さを持っていると感じました。
実際、バスケットボールの会場や選手の試合前・試合中のテンションは本作の方が正しいでしょう。彼らの出会いや情熱が「バスケットボール」に立脚している以上、この雰囲気は真摯な解釈に思えます。同作者の他作『リアル』寄りな味付け。
「バスケらしさはさておき、コミカルで試合中もフィクション的なスラムダンクが見たい」という人には向かないかもしれません。ギャグやコミカルがまったく無いということではなく、桜木はちゃんとムードメーカーをしています。
・演出
非常にリアルな「バスケットボールの試合観戦」寄りです。アニメっぽい演出(例えば、オーラのような)は全然と言っていいほど無く、原作ではあった「各キャラクターの、実際には口に出していない心情独白」や「ナーレション」はカットされています。意図的に描かれていないだけで、そういう心情の存在が曲げられた訳ではなく、原作でそういう独白やナレーションを覚えている人なら、「今、あのコマの内容を思っているぞ」とわかる内容です。逆に言うと、そこまでの原作ファンでないと「なぜ、流川が急にパスするようになったのか、そして沢北を抜けるようになったのか」等、わからないかもしれません。
そういう志向の作りなので、
・魚住が乱入して桂剥きするシーンは存在自体カット
・三年間も待たせやがって……も小暮の回想&独白としてはカット
・「北沢……? 沢北じゃねーか、どあほう」も映像としてはカット
・花道の告白(=観客席の湘北応援団のコート脇への移動)もカット
など、原作の特徴的で良かったシーンが無いことに不満を感じる人はいるでしょう。原作にあった魚住の乱入は、本作のリアリティラインに入れると一気に作り物感が出るので、カットしたのは合理的な判断に思います(その分、赤木が精神的に河田兄を克服するシーンが不明瞭になったのはちょっと残念)。花道の告白も、同様の理由でカットに思います。
「完全な原作通り」を望む人には不満かもしれませんが、原作の心情演出=メタ情報として照らし合わせながら映像を追える人には、非常に上質な、満足の行く映画体験だと思います。私はそうでした。鑑賞後、「心情独白・ナレーションあり」という原作山王戦を読み直したくなる内容でした。
・映像
PVでCGを観たときは、正直鼻白みました。ベルセルクのCG版を見てしまったときのような、綺麗すぎる、正しすぎる残念感を覚えました。
しかし、本作については、鑑賞中に「これがいい」となりました。作者の、地上波アニメ版の「バスケと言うより、漫画的なバスケバトル」を厭うていたように思える理由が、少し理解できた気分です。いわゆる、「徹底的にリアルに、スピード感溢れるバスケットボールをそのまま描く」でも、充分に人を惹きつける映像としてキレており、高密度であり、見ごたえがあります。私はFIBAバスケットボール選手権を見に行ったことがありますが、その観戦時に覚えた興奮を思い出しました。そうそう、バスケって、バスケのままで、超スピードでかっこよくて、大迫力なんだと。確かに、作者にこの映像が理想として見えていたのなら、過去アニメは「わかりやすいが、本質から離れた方向性で作られ、人気を博してしまった」だったのかもしれません。
そういうわけで、身体や空間劇のリアルさがそのままバスケの興業的な持ち味ということで、物理演算バリバリで作るCGアニメとの親和性は非常に高く、CGアニメ映画としては出色の出来に思いました。
・脚本
宮城リョータが中心です。最も原作中で「なぜバスケをしているのか」が語られなかったキャラクターなので、PG(試合を見渡す司令塔)という役割と合わせて、いいチョイスに思いました。沖縄から神奈川に転校してきた中学生のリョータの挿話は
○転校間もない中学時代、野良コートで三井と1on1して、負けていた。精神的な弱点について見抜かれ「今度は勝ちに来い」とアドバイスされていた。だから、高校での不良化した三井との再会、リンチエピソードがすごく重い。ただの無軌道な不良症候群ではない。
○心を閉ざしがちだった高1年時代、赤木との不和と解消
赤木の期待の裏返しだった。それを下校時にちゃんと教えてあげるヤス。ここでヤスを使うのは最高に上手い。リョータとヤスのさりげなく親友な感じは本作中で一番お気に入りかも。赤木が、上級生たち引退時にそのリョータの心を掴むエピソードも象徴的で見事。一度は赤木自身が否定した宮城のパスを、「宮城はパスができます」と強みと性格を表す言葉で言い切るのは、赤城が以後「ダンナ」と呼ばれるに充分な、心を掴む言動です。
○リンチされながらも三井に「勝ちに行く」宮城
兄のエピソード含めて、本作は宮城とその母の「恐怖の克服」(怖い物知らずになるという意味ではなくて、怖い物との付き合い方を見出す=世界に復帰する)がテーマに据えられています。宮城と三井の前歯絡みの話が、これに絡められているのがよかった。震えている手を、さりげなくポケットに隠す演出。ただの結果論ですが、この三井との喧嘩で鍛えられた度胸が、vs深津を可能にしているという線は補強として有効です。兄やこのエピソードが描かれていない原作では、宮城は綾子に前日応援してもらったとはいえ、山王戦で一人だけメンタル完璧な感はありました。
○長らく湘北バスケ部に顔を出していなかった理由
家庭の問題+堕落した三井との喧嘩→ヤケクソ→バイクで大怪我なら仕方がない。
個人的には、若者のバイク=事故って構図は嫌なのですが、リョータは安全運転を放棄したくなる理由があり安全運転を放棄した結果なので、バイク=不運で大怪我、的な薄すぎる扱いではないです。
総じて、補うべきものが効果的な挿話で補われているので、ストレートに良質です。原作の象徴的なエピソードが削られている(※存在を消されているのではなくて、視点のリアリティ的に尺として省略されている。時間軸的には、各キャラの心中にそれらはしっかり存在している)のは賛否両論になると思いますが、脳内で心情独白やナレーションをオーバーラップさせて楽しめる原作ファンなら何も致命的ではないと感じました。「沢北じゃねーか、どあほう」も、試合中な訳だから、リアルにいくと数秒ぐらいの悟りはなず。そういう意味で「明示的に描かれなかったから台無し」とは思いません。
○サブキャラクターたち
湘北ベンチ組、応援席組の出しゃばりすぎないけど確かに存在している感、良かったです。春子さんも少ないシーンで絵・声・言動で魅力を感じさせて見事。cv坂本真綾さんは完璧です
・少しだけ残念な点は
※私は地上波版の声優続投にこだわる人間ではりません
●河田兄の所々高すぎる声。声優さんが下手という訳ではなく、キャスティングミスに思います
●桜木花道の色気ありすぎる声。かっこいいんですが、このかっこよさは「どういう声でどういう風に喋れば、自分がかっこよく見えるか(自分の株が上がるか)を完全に理解している、自己演出まで頭が回る、知性ある男の声&喋り」です。これが機動戦士ガンダム・サンダーボルトのイオ・フレミングの声&喋りだったのなら完璧なのだけど。花道はもう少し考え無しな人格が言動と一体化して魅力となっていると思うので、ここまでかっこよく、色気がありすぎる喋りでなかった方がキマったと思います。ただ、花道がソロ主人公という作品ではないので、致命的だとは思いません
●個人的には、私の大好きな影の万能エース松本、リバウンドの専門家野辺の大物感を感じさせる演出がカットされていたのが無念。需要や尺的にも真っ先にカットする場所なのはわかる。これはただのオタクの妄言です
・少しだけ微妙な点は
●やはりスラムダンクは「桜木と流川」をベースに書かれた原作で、原作の最終戦である山王戦のクライマックスもその結実として作られているので、宮城主軸だとそのクライマックスが少し打点として伸びない感。この感動の波は、原作の方が高かったように感じました。原作がすごすぎるというのはあります。
●最後のあれは……沢北が「海外だと小さめ=PG」というのは繋がる感じがするのだけど、とはいえやはり沢北のライバルは流川で、宮城のライバルは深津だと思うので(※ここでのライバルというのは、相乗効果で魅力を高め合う組み合わせという意味です)、最後にこの二人は特に因縁無いよな……と思わないでもない。そこは少しだけリョータのキャラ贔屓な感じに思いました。しかし、X年後のリョータが「世界に進出している(本作の、母子の現実への復帰というテーマの発展系)」「それでなお試合前に吐いているが、コートに立つとケロッとビシッとしている(恐怖を失ったのではなく、恐怖に向き合い続けている)」は熱い解釈に思いました。
・メッセージ性
作者にとって、少年少女を終えた全ての大人とは「強がっている自分を知っていて、恐怖を見せない人間。相手もそうであることを当然理解しているが、指摘しない人間」なのかもしれません。リョータも母も、亡くなった兄の精神性に長き年月の果てに辿り着いて互いを理解するというのは、「大人として世界に復帰した」描写です。だから、それに届いた宮城ほか湘北チームに、恐怖を知らなかった沢北は敗れた……ということが強調されていたと感じます。(沢北の「高校バスケでできることはすべてやりました。俺に糧となる経験をください」の傲慢。そして沢北も負けて必要なものを得た)
・総評
内容を秘匿するプロモーション(内容に自信が無いときにやりがち)から正直あまり期待しておらず、とはいえ観る必要があったので期待値を下げて観に行きました。しかし、そういった心構えが失礼だったと思えるほど、しっかりと面白さに繋がる品質と高い志を持った作品でした。
唯一の難点は間口の狭さで、山王戦まで原作をしっかり履修していない人が見たら「わけわからなかった」「どこに感動すればよかったのか」みたいに受け取られ、その評価がレビューに混じることでしょう。本作は完全に、過去にスラムダンク原作を最後(というか山王戦)まで読んだ人向けに割り切って作られています。でも、そういう人にはかなり打点が高いと思います。
私が原作履修者ということもあるでしょうが、正直、今年度見た邦画の中では一番でした。ゆるキャン△劇場版も原作履修者専用で良かったけど、それよりも満足度は高かったです。
観てよかった、いい物を見せてもらったという映画体験でした。
このレビューはすばらしい!わたしの足りないslam dunk知識を補完してくれてありがとうございます!!としか……。
リョータの前に現れたあの謎の中学生?(大学生かと思った)は、三井くんだったんですね、スッキリー
>作者が本来表現したかったことは、地上波アニメ版の「漫画的なバスケバトル」ではなく、この「リアルでスピード感溢れるバスケットボールの魅力をそのまま描くこと」だった
なるほど、確かにきっとそうだ! 合点いきました。
>「宮城はパスができます」と強みと性格を表す言葉で言い切るのは、赤城が以後「ダンナ」と呼ばれるに充分な、心を掴む言動です。
>本作は宮城とその母の「恐怖の克服」(怖い物知らずになるという意味ではなくて、怖い物との付き合い方を見出す=世界に復帰する)がテーマに据えられてる。
映画読みさんの、掬い取って言語化する能力に感嘆としています。
>まっくすさん
「宮城はパスができます」、あそこは最高でしたね!
若ミッチーは「(1on1で)勝ちに来い」でしたが、赤木は宮城のパスで人を活かせる技術と性格を認めたのはさすがでした。「お前のパスはチャラい」と本質から外れた指摘をした自分の誤りを認める形にもなっていて、短い挿話で双方の株が上がりまくる名脚本だったと思います。円陣もそうですが、宮城が次期キャプテンになる納得感が拡充されていましたね。
赤木の「宮城はパスが出来ます」のセリフを拾ってくれて感謝です。あの言葉の重みを感じてくれる人がいることにスラムダンクに対する愛を感じます。素晴らしいレビューありがとうございました。
>TTMさん
>Mさん
コメントありがとうございます。
5000字制限で書けなかったのですが、宮城の震えを見抜いてなお指摘しない不良三井は、男を下げすぎない描写になっており見事に思いました。その絡みの「うざったいロン毛」という指摘が、改心時のヘアスタイルに繋がっている匂わせも良かったです。ただの反省の髪カットでも通じるのですが、宮城への賛同・謝罪もあったのかも……という意味の上塗りがお見事。
新規挿入された試合後半の円陣シーンで、赤木が宮城に託すのも、次期キャプテンという原作のその後に繋がっていて上手いと思いました……
などなど、良かったところを言い出すときりがないですね。
花道の声の部分は特に同感でした。私はアニメを見たことはありませんが、もう少しバカっぽい感じの声がよかったなあと思います。
詳しい解説で、新しい視点が得られました。またマンガを読み返してみようと思いました。