「見応えたっぷりの名作」ファーザー Raspberryさんの映画レビュー(感想・評価)
見応えたっぷりの名作
「ロンドンのフラット」は、リビングも寝室もベージュの壁、木製のキッチン、クラシカルな家具、黄色系のカーテン。ある時からブルーグレーの壁、モダンなキッチンになり、インテリアや照明も変わっていた。アンソニーの寝室のベッド、タンスも微妙に違う。ものすごい変化なのに、アンソニーとアンに魅せられている間に鑑賞者の脳も混乱する。
忘れないうちに時系列を整理したい。合ってるかは分からないけど。
①アンは近くに居て日常的に会いに来てくれる
→「アンはそばに居てくれる」
②アンソニーの認知症が進み、トラブルを起こしてアンジェラが辞めてしまう。
アンはパリで暮らすことになったと告げる。
→「アンはパリに行ってしまう」
③父を一人にはできないので、パリのフラットで夫のポールと同居することに。
ポールはいつも赤ワインを飲んでいる。
→「イタリア旅行をキャンセルしたのは私のせい?」「老人ホームに入れろ?」「いつまで居座る?」「イラつく?」
④アンは新しい介護士を探している。
→「ローラはルーシーに似ているのでお気に入り」
⑤介護生活に疲弊したアン(父に殺意さえ抱いた)は、父をロンドンの老人ホームに入れることを決める。キャサリンとビルがアンソニーの世話を見ることに。
⑥施設に入って数週間が経つ。①〜⑤とルーシーの死とが混同し前後しながらループしている。
頭の中のロンドンのフラットが、アンのモダンなフラットとミックスされ、病室の青色ベースに徐々に侵食されていくところがリアル。偽ポール(ビル)と偽アン(キャサリン)が早い段階で出てくるのは、この物語が入院後の幻想だからだ。
人物と会話のすり替えがサスペンスホラーのようだが、映画を最後まで観ると納得する。
冒頭のポールは、介護士ビルの顔に、冷たい感じのアンの夫のイメージがミックスされている。
世話を見てもらっているうちにアンとキャサリンがごっちゃになる。
アンが買い物から帰ってきたと思ったら、キャサリンが現れ、困惑する。
5年前にジェームズと離婚した話は、アンではなくキャサリンとの会話だと思う。
ローラとキャサリンもごっちゃになる。2回目に会ったローラは言葉遣いからしてキャサリンだが、ローラに見える。だから次にローラを待ってると、キャサリンが現れ動揺する。
アンソニーは、(亡くしたルーシーは別として)アンや妻、周囲の人を見下していた傾向がある。快適な空間を整えるため、誰が家事をこなしてきたのか。シャツにアイロンをあててくれるのは誰なのか。その存在に対する認識が抜け落ちている。
自分が人に見下されるなんてあり得ない。だからポールに言われた嫌味が理解できないまま脳にこびりつく。
葉が落ちていくに従って、無条件の愛=母に帰依するが、人は生きている間にエゴを捨てきることはできないから悲しい。かつて豊かに繁っていた樹々の緑が切なかった。