劇場公開日 2021年5月14日

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「アンソニー・ホプキンスはもちろん、オリビア・コールマンの名演も素晴らしい一作。」ファーザー yuiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5アンソニー・ホプキンスはもちろん、オリビア・コールマンの名演も素晴らしい一作。

2021年6月9日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

頑固で優雅でユーモアを欠かさない闊達な老人。やはりアンソニー・ホプキンスは名優だなー、と思いながら観ていたけど、結末近くの彼の演技は事前の想定をはるかに超えていました。これこそまさに名演。

本作はアカデミー主演男優賞を受賞したアンソニー・ホプキンスの演技に注目が集まりがちですが、美術もそれにひけを取らない出色のできばえです。例えばカラーコントロールの見事さは一目で理解できるほどです。それぞれの場面には赤、緑、そして青といった基調色があり、それが壁紙や家具、衣裳といった形で入念に配置されています。これらの色は交錯する時間軸、事実と虚構の境界線を観客が判断する手掛かりとなる一方で、登場人物の姿や立場、彼らが語る説明との齟齬を際立たせる要素ともなっていて、観客がアンソニーの認知状態を客観的に理解する余地を与えません。場面の雰囲気や登場人物の心情と同期していた『ラ・ラ・ランド』(2016)のカラーコントロールを、舞台装置としてさらに洗練させた印象です。もちろん色彩だけでなく衣裳、内装など、それぞれが非常に豪華な作りであるため、画面を観察するだけでも十分作品を堪能することができます。

認知症を患ったアンソニーの視点で物語世界を観ていくため、作中では時間軸や場面のねじれ、跳躍が頻繁に生じ、そのたびに観客もアンソニーと同様に混乱し、不安に陥ります。しかし原作の舞台劇の作者でもあるフローリアン・ゼレール監督の意図は、単に観客に認知症の疑似体験を強いることを目的としている訳ではないようです。監督の演出は、観客の心情をアンソニーのそれと同期させて、決して引き離すようなことはしていません。それは例えば、彼が時折口にする姿を見せない娘と、周囲の人物からは徘徊としか見えないような行動の結び付きを示した描写に現れています。展開そのものはそれほど予想外ではないとしても、その表現の仕方は見事としか言いようがありませんでした。結末の描写と併せて、ここはゼレール監督の演出が光っています。

 『アンモナイトの目覚め』のケイト・ウィンスレットと同様、本作のオリビア・コールマンも微細な表情の演技が素晴らしく、彼女の(現実の?)行動に見事な説得力を与えています。こちらも名演!

yui