「多様性を守る、移民を守る、LGBTQの人権を守る」ボストン市庁舎 La Stradaさんの映画レビュー(感想・評価)
多様性を守る、移民を守る、LGBTQの人権を守る
御年90を過ぎても堂々と重厚長大なドキュメンタリーを撮り続けているフレデリック・ワイズマン監督の次なるターゲットは、市民と行政の最前線となる市役所です。いつも通り、字幕表示は必要最低限で、音楽もナレーションもスタッフからの質問もなく目の前で繰り広げられる事を唯々撮り続けているだけです。今回はそれが途中休憩を挟んで遂に5時間近くになりました。でも、昨年末に約7時間の『水俣曼荼羅』を経験した身ですから「はいはい、5時間ね」と堂々と受けて立ちます。
舞台は、アメリカ東部・マサチューセッツ州の州都ボストンです。本作では、予算を巡る庁内の会議から、結婚、住宅、医療、警察、消防、防災、ホームレス問題、薬物対策、公設市場、障碍者問題、そして銃規制など市が関わる様々な現場にカメラが入って行きます。よくこんな所を撮らせてくれたなとまず感心するのですが、それもその筈です。市役所の仕事を撮ろうと監督は様々な役所に依頼したのですが、たった一ヶ所「自由に撮ってくれ」と言ってくれたのがボストンのマーティン・ウォルス市長だったのだそうです。
本作の撮影時はまだトランプ政権の時代です。連邦政府の流れに盾突いて市長は
「市民が分断された街は栄えない」
「経済格差をなくす事が目標」
と堂々と訴え、市民の中に入って行って、
「問題があったらいつでも私に電話してくれ」
と訴えるのです。それが単なるポーズではない証に、彼の意を受けた市の組織や仕組みがダイナミックに動いて行きます。しかし、現実は勿論それほど甘い訳ではなく、様々な人種・民族・年齢・経歴・収入の人々が様々な抗議・意見・依頼を市に持ち込んで来ます。そこに露呈するのはアメリカの現実なのです。何も変わろうとしない甘い日本の社会から見ていると、「アメリカはもうそこまで行って、そんな事を悩んでいるのか」と唖然とさせられると共に、どの様にそれらを調整するのだろうと目がクラクラしてしまいます。
それに立ち向かう市長の基本的な姿勢は、困窮している人・社会システムから零れ落ちそうな人を救う事が社会全体を前進させると言う信念で貫かれている様に見えます。それを端的に表すのが市長の言葉です。どの様な質問も遮らず、自分の言葉で答え、分かり易く話します。その力強さに心震えると共にとても羨ましく映りました。誤魔化しの巧言令色をちりばめた官僚の作文を読み上げる事しかできず、決して突っ込まれることのないやらせ会見に10年近く慣れて来た日本の政治家からは決して聞けない言葉です。
終盤、市長はスピーチで、
「多様性を守る、移民を守る、LGBTQの人権を守る」
と高らかに明言します。それは、日本語の美しさなどと言う意識は全くなく、大阪弁でヤクザの様に凄んで見せる事だけに長けたあの知事や市長には望むべくもない輝きに満ちた言葉です。
お坊ちゃまの居直りとヤクザに支配された日本の政治はもうダメなのでしょうか。絶望と希望の素晴らしい作品でした。
(2022/1/2 劇場鑑賞)