「シジフォスの山」夕霧花園 きりんさんの映画レビュー(感想・評価)
シジフォスの山
終始、ふしぎな雰囲気に包まれる。
進駐した日本人、在留の華人、引き揚げ直前の支配階級の白人、マレーの現地人、インド系の苦力クーリー。
加えてマレーの政府軍、日本軍、解放勢力の共産主義ゲリラたち。
あの時代は、人も国家も、非常に不安定な最中にあって、すべてがバランスを失っていた。
個々人すべてが、自身の生きる意味を探していた頃だ。
空気感と映像が、オリエンタル。
外国人の目を通して見る日本人と日本庭園の姿が大変面白い。
つまり、それも西洋社会の視点で観察して西洋人が撮った日本人像ではなく、インターナショナルなマレーシアの土壌で、マレーシア人や華僑たちの目線で、日本人とその文化、ならびに受け継がれてきた伝統が、異国の土の上で捉えられているからだ。
ここでは、西欧のキリスト教世界から垣間見た日本人像ではなく、森と雨の湿気の中、白檀の香りや翡翠の輝きが主人公たちの上に夕霧となって放たれるのだ。
― そういうアジアンな作風になっている。
「何が見える?」
「変人が埋めた岩」。
笑ったやり取りだった。
二人の目が例えようもなく美しい。
施術あと、同じ客間でユンリンは裸で、マレーの緑の景色の前に立つ。
ひなびた庵の、暗い室内から見る外の世界。
極上のカメラだ。
造っては壊し
壊しては造り。
理由も解らずに、そして永遠に完成しない人間の嗣業を、=彼ら人間たちの姿を、借景は映し、
四角く開いた障子を通して、「マレーの森」が、あちら側から静かにこちらを、大きく見つめる。
「マレーの森」が人を見ているのだ。
あの緑の山が「借景」として絶品。かつ物語のベースとしてマレーの山が象徴的なのだ。
マレーという国家を借景して
一人は庭師として生き、戦時中の日本の蛮行を、自らの遺作の庭に刻んだ。
一人は法律家として、死んだ妹の姉として、拷問と 強かんと 入墨の記憶を背負って、戦後を生き抜いた。
「造園」の終わらない苦役と、この
「入墨」の耐え得ぬ痛みで、それぞれに於いて贖罪を完成させようとした、中村有朋とユンリンの生き様だったと思う。
シジフォスのように、岩をコロガシ続けた男は
結局マレーを出国せずに行方がわからなくなったらしい。
中村有朋は、誰にも明かされない、何がしかの自分の意図のために、庭を造り続け、
ユンリンは妹のために墓標の石を建て続けていた。
今はまだ答えが分からない。それで良いではないか。
我々は説明を求めるのか?そんなに納得が必要か? 予感だけで生きていてはいけないのか?
情交は必然。
目的の全く異なる者同士が、ひとつの築山の上で岩と格闘するのだ。
僕はいい知れぬ感情の湧き出しを覚え、震えてしまった。
凄い映画を観たと思う。
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追記 ①
【DVDの特典《削除シーン》について】
この「大切なやり取り」はカットすべきではなかったと思うのだ。カットを悔いたゆえ、特典としてこれを付録したのだろうと僕は推察する。
⇒フレデリックが街で喧嘩をして目を怪我して帰ってくるシーン。
理由を問うユンリンに逆にフレデリックは詰問して
「あのFackin-Japと寝ていないと言ってくれ」
「よりによってジャップと・・」
「君は慰安婦ではないだろ?」
ここは削るべきではない大切なシーンだったはず。
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追記 ②
《僕個人の忘備録として》
うちの母が大昔に歌っていた変な歌がある。母が子供の時分に覚えたらしい。「マレー」の名でそれを思い出した。
戦前戦中の子供たちの戯れ歌なのだろうが、船主で、東南アジア貿易を手掛けていた親類が母の身内にいた事もあって、我が家に引き継がれている童謡だ。
〽あのおっさん言わはった (なんや?)
アフリカに行ったとき (ふんふん)
火喰い鳥に水を飲ませ
腹裂いて風呂いった (ふーん)
〽あのおっさん言わはった (なんや?)
マレーに行ったとき (ふんふん)
ゴム林に忍び込んで
枝引っ張ったが伸びなんだ (ふーん)
ここに「朝鮮バージョン」も加わってトンガラシを食べて発熱するという詞に続いているようだ。
つまり、相当に大東亜共栄圏を感じさせる戯れ歌。
この関西地方に伝わっていた伝承歌は、高石ともやがレコード化をしていた事が検索で判明したが、うちの母が口ずさんでいたのは60年ほど前の事であり、彼女がこの歌を覚えたのはもちろんそこから遡ること遥かの昔だ。
だから高石ともやの功績は採譜。彼のオリジナルでないことだけは確かだ。
あの オッサン 言わはった
ドド レレミファファミミレ (なんや?)
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マレー に行っ たとき
ミファソソミララ ソソミ (ふんふん)
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ゴム 林に 忍び 込んで
ミファソソファミ ミファソ ドドファ
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枝引っ張ったが伸びなんだ(ふーん)
ドドレレミファファミミレ
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YouTubeでも聴ける。