「生きてるだけで丸儲け」漁港の肉子ちゃん 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
生きてるだけで丸儲け
西加奈子の原作小説に惚れ込み、“お笑い怪獣”がプロデュース。
公開時から賛否両論。
声の出演に元妻や親の七光りモデル、本職ではメガヒットアニメの人気声優を起用。大宣伝したのにも関わらず、興行的には大コケ…。それ見ろ、単なる話題集め…と、冷ややかな声。
その一方、そんな色眼鏡させ外せば、ユーモアとハートフルと感動の良質作。クオリティーも高く、海外では高評価。賞も受賞。
公開から11ヶ月を経てやっとレンタルリリースとなり、鑑賞。
その感想は…
やはり私も見る前の印象は、前者。これでつまらなかったら笑いにもならない。
でも実際見てみたら、後者。これが何と、意外やなかなか良かった!
お肉たっぷりの丸々体型だが、底抜けに明るい母、“肉子”。
そんな母とは似ても似つかない細身で、11歳ながらクールで大人びている娘、“キクりん”。
母の本名は“菊子”。娘の本名は“喜久子”。母娘で漢字違いだがまさかの同名。ちなみに名字は“見須子(みすじ)”。女性が3人のよう。
お互いを“肉子ちゃん”“キクりん”と呼び合う仲だが、最近キクりんは母が恥ずかしい。
超陽気な性格に加え、人情に厚く、涙脆い。娘の倍以上の大食漢。
そして惚れっぽい。限ってダメ男ばかりで、若い頃から苦労続き。騙され、借金の肩代わりにさせられ、妻子も。
一つの恋が終わると、別の土地へ。まるで子連れ女寅さん…?
関西で生まれ、スナックなどで働き、娘を育て、ボロボロになりながら各地を転々。北上して辿り着いたのが、東北のとある漁港。
奥さんに先立たれた焼肉屋の店主、“サッサン”の店で働き始めた肉子。
住む家も手配して貰って、サッサンの所有する船暮らし。“トレーラーハウス”ならぬ“シップハウス”。オンボロだが。
珍しく色恋沙汰はナシ。敢えて言うなら、サッサンの肉料理に惚れ込んで。
すっかりこの町に馴染む。
そんな母娘の物語…。
母娘だが、どっちがどっちなんだか。
天真爛漫で子供のような純真さの肉子。水族館に行けばお気に入りのペンギンに大はしゃぎ。
そんな母に対し、娘キクりんは落ち着いていてしっかり者。髪型はショートでホットパンツのボーイッシュな見た目だが、可愛いと言うより綺麗な女の子。
何から何まで真逆。本当に親子…?
だけど、二人のやり取り、掛け合いがテンポのいい漫才のよう。母がボケで娘がツッコミ。
見てて楽しい。
“お笑い怪獣”プロデュースなのでもっと爆笑作品かと思ったら…。
勿論笑いもたっぷりあるが、人情や平凡な営みの“日常モノ”。
ほんわかほのぼのさせ、最後は浪花節的な感動親子愛。
これ系に弱い人には間違いなく響く。
しっかり者だが、ちょっと変わった“遊び”があるキクりん。身の回りの“心の声”を代弁。理由は、その方が楽しいから。喋るヤモリやカモメやセミやネコや鳥居(!)が、本作に数滴のファンタジー要素を与えている。
プラス、少女の思春期ドラマでもある。
“学校”という小さな社会。
キクりんはフリフリ洋服のお金持ちの女の子、マリアと仲良し。
が、今クラスでは女子が派閥に分かれている。
リーダー格の女子か、マリアたちか。
とある事がきっかけで、マリアが女子たちから孤立。実は、女子の間では嫌われ者。
クラスの女子の輪か、仲良しか。思わぬ自分の本心にも気付く。
小学生でこんなピリピリ人間関係…?
小学生だって、思っている以上に内面や人間関係は大人なんです。
それだけに、人付き合いは苦労するよ…。
一方の男子。一人の男子がいる。
顔を半分髪で隠し、常に無表情、無感情。顔色も何を考えているかも分からない二宮。
でも、ある時見てしまった。二宮が人知れず“変顔”する所を。
以来、二宮が気になる。彼を真似て自分も変顔。顔を動かすって、何か気持ちいい。
ひょんな事から二宮と交流を持つ。
これは単なる友達関係…? それとも…?
その微妙な距離感が等身大。
日本のアニメーションはジブリやproduction I.G.や京都アニメーションだけじゃない。
高い評価を受けた『海獣の子供』の渡辺歩監督とSTUDIO4℃だけあって、画、演出、描写は高クオリティー。
舞台となる漁港の素朴でありながら、美しさ。
肉子から炸裂するユーモアとペーソス、本作のナレーションで語り役でもあるキクりんの繊細さ。
描写で特に感嘆したのは、マジ食指をそそる美味しそうなご飯。どれも我々の口に合いそうなB級グルメばかり。これら、相当こだわったんだろうなぁ…。
登場人物はそんなに多くないが、生き生きと。肉子やキクりんは言わずもがな、サッサンがお気に入り。美味しいまかない飯をいつも作ってくれて、肉子やキクりんを実の娘や孫のように面倒見、可愛がってくれる。「うめぇか、キク?」の言葉が優しく、温かい。こういう人が居るから、流れ着いた見知らぬ土地でも暮らしていける。
思わぬオマージュや小ネタの遊び心も。大いびきをかいてゴロ寝している肉子を見て、キクりんは某有名アニメキャラの名を。その作品を彷彿させるシーンも。雨の夜のバス待ち。
肉子が時々歌う鼻歌は、“愛の讃歌”。そういや大竹しのぶは舞台でエディット・ピアフを演じてたね。
あんなに丸々体型から大竹しのぶみたいな声が出るの?…はご愛嬌。意外とキムタク娘の声も悪くなかった。
全身全霊で娘を愛す肉子。かなりの過保護なくらい。
運動会の借り物競争でも、毎日の営みの中でも。愛情が滲み、溢れ出る。
いくら親子とは言え、何故肉子はこんなにもキクりんを愛す…?
それには、ある秘密が…。
ある時、キクりんが腹痛を起こし、緊急手術~入院。
その終盤で並行して語られる…。
肉子がその昔、夜のお店で働いていた時、知り合った親友がいた。
みう。
スラリとした細身体型の美人。
共に男で苦労。いつしか気が合う。
明るい性格のボケの肉子と、クールな性格のツッコミのみう。
一緒に暮らし始める。肉子はみうを妹のように、みうは肉子を姉のように。
子供が出来ない身体のみうであったが、まさかの妊娠…。(相手は分からず)
お察しの通り。
キクりん自身も数年前から気付いていた。
キクりんの実の母は、みう。肉子とは血の繋がっていない親子。
全然似てない肉子とキクりんに納得。キクりんは実の母みうに性格も見た目もそっくり。
だけど今、みうはおらず、肉子とキクりんの二人暮らし。
何があった…?
ある時肉子が仕事から帰ると、赤ん坊のキクりんとお金と置き手紙を残し、みうは姿を消していた。
まだ若かったみう。母親になる心の準備も出来ていなかった。怖かったのだ。
ならば、肉子だって同じ。親友とは言え、極端に言えば他人の赤ん坊を押し付けられて。
みうは我が子を捨てたも同然。批判されても致し方ない。
それを知ったキクりんもさすがに複雑な気持ち。
が、肉子はみうを擁護。親友の事情を充分考慮してもあるだろうが、それとは別に、
こんな事でもなかったら、自分には訪れなかっただろう。
母親になる事、子を持つ事。
それがどんなに大変か。でも、思いがけないサプライズ。
苦労するだろうが、それ以上に絶対、幸せの方が勝る。
子供に罪はない。
本当は育て、愛したかった親友の分まで、全身全霊で愛す。
よくあるのが、我が子に一目会いたい。もしくは、実の母に一目会いたい。
しかし、みうはキクりんの前に姿を現さなかった。
…いや、本当はそうではなかった。
キクりんが度々目撃していた肉子の夜中こそこその電話の相手。運動会での謎のカメラのシャッター。
肉子と密かにコンタクトを取り、知られる事なく一目会いに来ていたのだ。
肉子によると、みうは結婚し、子供もいるという。
一度我が子を捨てた身。そんな自分がどの面下げて会える資格があるか。
本当は直に会いたいが、会えない…いや、会ってはならない。
みうが自分に戒めた、名乗り出れない“罰”も切ない。
それでも、キクりんが望めば別。
が、キクりんは望まなかった。
私にはもういる。深く丸々と、大いなる愛情で育ててくれた、大好きなお母さんが。
ラストシーンは本当にあの終わり方で良かったのか複雑な所だが(つまり、キクりんが生理を迎え、子供から一人の大人の女性になったって事だよね…?)、
全体的には思っていた以上の良作。
仕事は引っ張りだこ、今の地位や名声を欲しいままにし、自由気ままな独身ライフを謳歌。
恵まれた人生に見えて、実は波乱万丈。
色恋沙汰、夫婦関係、親子関係…。
本当は一人のファミリーマン。
プロデュースした“お笑い怪獣”の素顔や本心が見えたような気がした。
望まれない子供なんて居ない。
どんな事情あれども、せっかく生まれてきたのなら、それは望まれて。
きっと、誰かが愛してくれる。
そうして見つける幸せ。
普通が一番。
生きてるだけで丸儲け。