「走り出したら止まらない列車」ハイゼ家 百年 talismanさんの映画レビュー(感想・評価)
走り出したら止まらない列車
すごくよかった。5つのパートから成る映画で、2の後半ではトーマスの母、ロージーのラブストーリーに重きが置かれる。そこから全てが天然色になったようだった。西ドイツに居る恋人のウドから東ドイツのロージーへの手紙、求婚の電報。ロージーは日記に自分の考えを綴る。ウドとの破局。ベルリンで別の男の子と同棲中に、夫となるヴォルフガングとの恋が浮かび上がる彼女の日記。
東ベルリンで理想を持って生きているロージーの奔放な魅力と知性が生彩を放っている。彼女の息子でこの映画の監督のトーマスは、日記と手紙をただ淡々と読むだけ、コメントを一切つけず。映る写真は若いロージー、美しい裸のロージー。ずっと後になっても、ロージーは夫に、クリスタ・ヴォルフに、理性的で強く暖かい手紙を書き送る。ハイゼ家でのロージーの存在感は圧倒的だ。息子のトーマスは静かに、2014年には母は亡くなるだろうと言う。トーマスと一緒にロージーの生き生きとした時を共有したつもりになっていたから悲しかった。
この映画で見えて聞こえるのは、森、雪が一面に広がる湖、街の風景、駅、ウィーンの街を走る路面電車の一番後ろの、雨に濡れた窓ガラスから映される景色と車内に流れるアナウンス、彫刻、人々、書簡や日記を朗読するトーマスの声、祖父の子ども時代の作文、子どもが描いた絵、沢山の写真、強制移送対象のオーストリア系ユダヤ人の氏名が几帳面にABC順に、住所と共に記載された延々と続くリスト、途中から全ての氏名の最後に、女性にはSara、男性にはIsraelが付け加えられる。劇作家のハイナー・ミュラーと、トーマスの父親で哲学者でありフンボルト大学教授のヴォルフガングとの対話。ハイナー・ミュラーの詩。そして列車と線路。
止まらない列車:すぐ念頭に浮かぶのは、ユダヤ人を詰め込んでポーランドに向けて走る列車。
第一次世界大戦に突入するドイツ。ワイマール共和国を経験したのにあるいはそれゆえに独裁主義に向かうドイツ。第二次大戦後は、西ドイツは英米仏のもと資本主義社会へ、東ドイツはソ連のもと社会主義へ。いきなり壁が作られ、国のために良かれと思い、互いを監視し自分も沢山の隣人に監視される流れに逆らえず進む国。西に吸収合併された東ドイツ、統一を急ぎ過ぎた列車。何年も待たなければ購入できなかった車が、これからはいつでも買える!東ドイツの人達の夢だった車を大量に載せた列車が延々と走る。
資本主義はどんどん進み尖鋭化し、当然の帰結が格差と、気候変動と、見えない所で行われている人と自然の搾取と荒廃。始めてしまったから止まらない。なんとなく止まることもない。いつの間にか止まることもない。列車を走らせたのは人間だから、人間だけが止めることができる。
祖父母と両親の時代からの膨大な量の書簡、写真、肖像画、書類の下書き、学校の宿題の作文、全てが残っている。とてもドイツ的だと思った。ハイゼ家が豊かでリベラルでインテリであることも関係あるだろうが、手紙の時代であり、コンマリや断捨離とは無縁の国だから可能になったドキュメンタリー映画だと思う。長かったけど長さは苦にならなかった。押しつけがましくなく、静かな映画だった。トーマス・ハイゼと共に時間と空間を動き回り、こういう人達が居たことを知り、心を少し強くすることができた。
追記
ホロコースト、シュタージ関連の映画は苦手である、色々な理由から。ただ、フランス人のクロード・ランズマン監督による「ショアー(Shoah)」(1985)は、その長さ(9時間半)にも関わらず見た(多分、日本公開後)。つらかったが見て良かった。これは完全なドキュメンタリーではなく演出も入っているらしい。でも辛い。「ハイぜ家 百年」のパンフレットに載っている渋谷哲也氏の文章の最後を引用する:
-------引用、始まり----------
歴史の証言にはランズマンの『ショアー』のような語りえないことを無理やり口を開かせて言葉にさせるような暴力的な身ぶりは必要ない。そのことをこの映画は静かに訴えかけてくるかのようだ。
----------引用、終わり----------
wiki情報であるが、ランズマン監督はホロコーストを扱った映画全般に批判的である、特に『シンドラーのリスト』は出来事を伝説化するものとして非常に批判している、一方、タランティーノの『イングロリアス・バスターズ』は気に入っていた、そうである。