「意外な傑作」スプリー 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
意外な傑作
ウーバーは、日本ではウーバーイーツのほうが有名になってしまったが、アメリカではどちらかというと白タクのことである。白タクといってもネットで管理されていて、登録された個人ドライバーをGPSで現在位置を把握して、呼んでいる客の場所に近いドライバーを紹介する。ライドシェアやカーシェアリングの一種と言っていいと思う。ドライバーと客の双方で評価をし合うシステムを導入していて、それによってドライバーも客も自ずから行儀がよくなる訳だ。2009年に起業された会社だが、すでに年間の売上は1兆円を超えている。ただ、コロナ禍のおかげでライドシェアは減少し、代わって日本と同じようにウーバーイーツの需要が増えているようだ。
本作品はSNSでバズらせたい若い男が思い悩んだ挙句、仕事にしているライドシェアで乗ってきた客を手にかける様子をライブで配信するというトンデモ設定ながら、主演したジョー・キーリーの演技が抜群で、最後まで面白く鑑賞できた。
アカウントからすると主人公のカート・カンクルは1996年生まれで、24歳の設定だと推測される。気力も体力もセロトニンの分泌量も人生でピークを迎えるくらいの年齢である。セロトニンは神経伝達物質で、分泌量が少ないとキレやすくなる。老人がキレやすいのはそのためだ。カートは人生で一番キレにくい年齢だ。
実際に作品中では常に冷静であり、冷静なまま残虐な行為をやってのけるところが恐ろしい。SNSでバズらせるのは人生を賭してでもやるべきことなのか、その辺が理解不能である。将来はユーチューバーになりたいなどという意味不明な夢を言う子供もいることだし、SNSを抜きには何も語れない時代になったのだろう。
カートが理解していなかったのは、SNSでバズるにはそれなりのオリジナリティが必要だということだ。極端なことをしてみても、そこにオリジナリティがなければ受けないし、フェイクだと疑われる。オリジナリティを獲得するには天賦の才があるか、長年の努力をするかのどちらかしかないが、カートにはそのどちらもない。商品もないのに金だけもらおうとするのは商売として成り立たない。獲得したリアリティが使えるのは一度きりだ。
それにしても、SNSでの共感を求める行動が極限に達したらこうなってしまうという想像力は大したものである。近い将来にこういう事件が起きるのではないかという警鐘を鳴らしている作品にも思えた。そのあたりのリアリティを支えたのは主演もさることながら、被害者たちの見事な演技である。特に黒人であること自体を笑い飛ばしてみせるコメディエンヌのジェシーを演じたサシーア・ザメイタがよかった。意外な傑作だ。