「題材は良い」竜とそばかすの姫 ぬーさんの映画レビュー(感想・評価)
題材は良い
起承転結の「起」は良かったと思う。高度に発達したネット社会で、現実とどう向き合うか。また、自己のアイデンティティをどのように形成するか、という問いは、映画という媒体でなくても色々な場面で語られている王道かつ深みのあるテーマであるし、エンタメの中で語る価値も十分ある。
「U」という仮想空間についても、「結局なにをする場所なのか分からない」という声があるが、武術館(?)のようなものがあったり、主人公がライブをしたりと、多目的なプラットフォームとしての場所だと考えられる。一つの目的に絞るのではなく、あくまで「場」を提供し、そこでどのように遊ぶかは自由という空間作りは、SNS、YouTubeなどにも見られる特徴であるし、現代的なネット世界を的確に描いている、という評価も可能だ。
この映画に良くなかった点は、他のレビューが沢山語っているが、やはりテーマが散らばってしまっている。
過去のトラウマを乗り越え、竜を救い、家族とも同級生とも仲良くし、Uでもスターであり続ける、と主人公が抱えるタスクはかなり多い。これらをきっちりまとめ切れる脚本家もいるとは思う。しかし、この映画はただ「浅く広く」になってしまい、どのテーマについても深掘りが足りず、結末に対する納得感が得られない。ハッピーエンドではあるが、それが主人公が「本心から」望んでいるのか、という裏付けが見つけにくい。主人公のアイデンティティをテーマにしてしまうと、「そもそも本当にそれを望んでいるのか?」という部分を裏付けない限り、なんとなく宙ぶらりんな印象を抱いてしまう。本作は、作品前半で提示された課題をただ解決していくので、とても表面的な内容になってしまっている。
※本作の結末が悪い、と言っているわけではなく、良い結末ではあるが、どうして「良い」と言えるのかのロジックが甘い、という意味。
ここからは、個人的に掘り下げて欲しかった点を2つあげてみる。
1点目は、無数の人々からの批判や賞賛のコメント。何をやっても、アンチは湧いてくるし、賞賛してくれる人もいる。本作では、すずの母親が亡くなった時は母親に対する辛辣なコメントが殺到していたり、ベルが「U」で歌い始めた時もアンチが湧いていた描写がある。本作のキーマンである竜に対しても同様だ。相手の顔が見えないネット社会では、無責任な批判が無数に飛び交う(称賛も然り)。そうした中で、いかに堂々と自己を表現していくかは、語り直しても古臭くならない王道なテーマだと思う。竜への表面的な理解から来る心ない言動に対し、どう立ち向かうのか、どんな主張をしていくのか、この点を掘り下げつつ竜を救うことができれば、ベル自身のトラウマの解決にも通じるし、作品としてのメッセージも明確になったんじゃないだろうか。
また、ここで活躍して欲しいのはすずの親友(?)であるヒロちゃんである。ヒロちゃんは毒舌だが、根底にはすずへの愛がある。ネット上の書き込みと同じに思える辛辣な意見でも、言葉への責任の持ち方や、相手や物事に対する理解度が違う。この対比を明確にし、問題の本質は「相手に対するリスペクト」と「言葉に対する責任」であることを伝えられれば、より良い映画になったんじゃないかと思う。
次に、ネット社会と現実社会でのアイデンティティの持ち方である。本作は、あくまで人のアイデンティティは現実社会に根本がある、という姿勢を貫いている。「U」でのキャラクターの背景には現実世界での生き方がある。あくまで現実世界での生き方をベースに、ネット空間での姿や立ち居振る舞いが決定されていく。
また、竜を「アンベイル」しようとし、竜の「本当の姿」を現実社会の中に探すなど、作中の人物のほとんどが、現実世界での姿こそ本当の姿、という前提のもとで生きている。
(ただし、「アンベイル」が「U」内の極刑として描かれているように、ユーザの多くは現実社会とネット社会のアイデンティティを切り離したい、という強い願望を持っているらしい。)
この映画のクライマックスでベルはすずとして歌い、現実の自分=本当の自分を曝け出す。ここで、アイデンティティの統一が実現する。これ自体は、すずの勇気ある決断であり、批判したいとは思っていない(この点も、なぜこの決断が良いと言えるかの裏付けが甘いとは思うが)。
ただ、これは誰にでも当てはまる普遍的な生き方ではない。
現実世界とネット世界で、アイデンティティは切り離されていたっていい。その可能性を、もう少し示唆してほしかった。(当然、ベル以外の50億のユーザは、アイデンティティを切り離して生きているとも推測できるが)
現在の複雑化したネット社会では、むしろ「アイデンティティを使い分ける」生き方のほうが生きやすい。また、それは決して相手に対して本当の自分を見せない不誠実な態度ではない。そもそも、「本当の自分」という唯一無二の根源的アイデンティティの存在が現代は揺らいでいる。「本当の自分」という観念自体が、ある意味時代遅れとさえ考えられるのだ。
(この点、2016年のセンター試験国語評論文がかなり詳しく語っている)
こうした意味で、本作の描くアイデンティティは、時代に対し逆行している感があった。上記のアイデンティティ像が主人公の決断であってほしかったとまでは言わないが、そうした生き方を肯定しつつ、主人公の決断を描写できれば、作品として深みが増したように思う。
他のレビューが言うように、美女と野獣的描写が必要だったかはやっぱり分からないし、竜の背景が割と普通なのも不満はある。悪役を「親からの虐待・暴力が原因」というありきたりな因果論の中に押し込むのは、キャラクター像があまりに薄っぺらい。
全体として、テーマは良かったのに、深掘りや答えが浅かった。けど結末自体が悪い訳ではないので、素晴らしい音楽と映像も相俟って「いい作品感」は演出できていると思う。
それはそれで大事なことなので、2.5ではなく3にしました。
ちなみに私は「おおかみこども」が大好きです。