竜とそばかすの姫のレビュー・感想・評価
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It's Entertainment !
「歌ってみた」という時代。
ネットの世界で歌うベル、現実では毛布を被って歌う鈴――かつて、動画サイト「ニコニコ動画」で「組曲」を歌った「歌い手」達の中に、鈴と同じように家族に聞かれないように毛布を被ってレコーディングをしていた、そんなお方がおられましたが、その方がモデルなのでしょうか。
今時のネット事情はあまり詳しくないのですが、かつての「歌ってみた」動画が競い合っていた、そんな時代を思い出しました。私は特に歌ってみたりはしなかったけど、夢中でそんな歌い手達を追いかけていたためか、冒頭でガツンと捕まれ、最後まで夢中になってベルの歌声を聞き入りました。竜がネット世界で暴れる仕組みとか、ちょっと把握しきれなかったけど、ベルの美しい歌声と素晴らしいビジュアルには、なんだかよく判らないままに眼を滲ませてしまいました。前半、なかなか十分に歌声が聞けなかっただけに、圧巻のクライマックス・ライブには大満足です。BDやDVDの円盤には、仮想のコンサートライブをおまけに付けてくれたら嬉しいな。
最終的に鈴は自分自身をアンベイル、つまりカミングアウトをすることで相手の信頼を勝ち得た訳ですが、ネットで自分の素顔・本性を明かすべきだとは、特に思わないですね。実際の「歌ってみた」の時代では、みんな自分の素顔を隠しあっていましたが、その方が自分のエゴを出すこと無く、純粋に音楽だけで語り合う世界でいられたと思うのですが――ただし、アカウントの名が売れてしまうと、名前だけで再生数が増えてしまいますけどね。そういえば、かの香港の歌い手「ほんこーんさん」もテレビでご自分の姿を隠すこと無く公開されていましたね。まだ活動されているのかな。
また、親友にしか正体を明かしてなかったのに、周囲の人には結構バレているのには笑いました。案外、隠し事って自分が思っている以上にバレているものですね。
細田守の「As」の名はハヤオ
『美女と野獣』のモチーフで、現代的なネットの仮想世界を背景に、現実のシビアな問題を提示したいとの意図はわかるが、ストーリーが説得力に乏しく、肝心な部分が曖昧である。竜の「オリジン」が虐待に耐える子どもだと知ったベル=すずは彼を助けに向かうが、そもそもなぜ、そこまでするのか理由が不明だ。
増水した川の洲に取り残された子どもを助けに行き、亡くなった母親へのミメーシス(感染的模倣)なのか、父親の育て方が奏効し、親切で優しい娘になったからなのか。竜との出会いが彼女の何かを変えたのなら、その部分を描かないと、仮想世界「U」ではなく、なぜ現実で大胆な行動力を発揮できるようになったのか、観客に納得させられない。虐待されていた子どもたちの家庭も母親が不在のようだが、自分と境遇が似ているから、程度の理由では希薄すぎる。また、仮想世界で活動するアバター「As」は、精神分析的に言うと、「反動形成」により表面に表れた人格の「真の姿」を反映させる側面があると思われる。だから、被害者意識に凝り固まり、虚飾を装う中年女性のAsが赤子だったりする訳だ。
さて、Uの武道場でかなりの強さを誇り、自警団をなぎ倒すほどの力を持つ竜が、虐待に耐えて抑圧された子どもの負のエネルギーの反映だ、というだけで説明がつくか。50億超のアカウントの中で、飛び抜けて暴力的で力を持った存在のオリジンが? もっと悲惨な境遇の子どもなら大勢いて、竜をしのぐ力を持ちそうなものだが。児童虐待の深刻さを表現しようとしたのかもしれないが、その帰結が竜の強大な力につながる根拠が薄弱だ。
総じて、映像や音楽が素晴らしい分、ストーリーの欠陥が目についてしまう。やはり、細田監督は脚本から手を引くか、もしくは、プロの脚本家と共同で作業した方がよいものが出来上がると思われる。
さて、細田監督の脚本執筆力に難点があることを指摘したが、もうひとつ、気になる点がある。『おおかみこどもの雨と雪』が『となりのトトロ』へのオマージュだとすれば、今作は『風の谷のナウシカ』へのオマージュになっているように見える。だが、そろそろ「宮崎アニメの呪縛」から自由になってもいいのではないだろうか。細田監督の持ち味の「家族」モチーフをもっと自由に展開させることができれば、オリジナルな「細田アニメ」になると思う。その時は、監督のことをよく理解しているプロの脚本家の助力が必要だとも思う。
賛否のあった終盤の展開について思うこと
父から虐待をうけている兄弟を助けるため、すずが1人で東京に向かう終盤の展開について賛否の感想を多く目にしました。たしかにやや唐突で、この展開を指して“リアリティ”がないと言いたくなる気持ちもよく分かりますが、個人的にはこの展開がもっとも心に残って良いなと思いました。
インターネットを肯定的に描いてきたと公言する細田監督が、最後にネットだけでは解決できない問題もあることを提示し、主人公に直接的な行動をさせることで、大事な人のそばに寄り添って力になることの大切さを描いているように感じたからです。
細田監督はインタビューで終盤の展開を「この映画にとっての芯の部分で、そこを描くことで物語が着地するんだと考えながら作っていた」と語り、製作陣のなかでも賛否の意見があった部分だったと話されていました(引用したインタビューは、映画.comに掲載されています)。
Uはもはや異世界でなく現実か
細田監督のネット社会描き方に変化が見られた。ネット社会の捉え方に変化があったことはもちろんだが、ビジュアルでの表現の仕方そのものを変えてきた。
細田映画では、異世界に突入するとキャラクターの輪郭線が朱色になる。ネット社会を描いた『ぼくらのウォーゲーム』からやり始めた演出なのだが、『時かけ』のタイムリープの場面でも『サマーウォーズ』のオズの世界でも、『おおかみこどもの雨と雪』でも、主人公が死んだはずのおおかみおとこの姿を見る夢の世界でも、輪郭線が朱色になる。
しかし、今回のUの世界では、そういう演出はなかった。それはどういう意味なのかをずっと考えている。Uはユーザー数が世界で50億いるほどの巨大なプラットフォームだそうだが、それだけの人数がいる世界はもはや異世界じゃなく、現実ということなのかもしれない。唯一の例外は竜だ。竜だけは輪郭線が朱色だ。彼だけ扱いが違うのはなぜなのだろう。Uの他のユーザーは、そこが現実と地続きの世界だが、竜にとっては違うということだろうか。
それから、『ウォーゲーム』や『サマーウォーズ』の頃のネット世界は、余白の多い世界だった。今回のUには余白がない。もうくまなく開発されきっているという印象を与えるほどにびっしりと詰まった世界だった。開拓可能なスペースがなくなってしまったネット世界の窮屈さが今回の作品には重要な要素となっていた。
3DCGのキャラクター芝居が素晴らしかった。日本のセルシェーディングのアニメとも違うし、ディズニーやピクサーとも違う。非常に生き生きとした芝居を3DCGで作っていたのは驚いた。
高知を介して描かれる懐かしい下校風景
現実とバーチャルの世界を行き来する少女。映画が示す2つの世界に隔たりがあればあるほど視覚的な振れ幅は大きくなり、観客はアニメーションならではの落差を楽しむことができる。特に今作の場合は。不規則な7月4連休の最中、久々に足を運んだ劇場はソーシャルディスタンスを守った上でほぼ満席状態。終映後、「いやあ、なかなか凄い世界観だったね」とか「お父さんの声は役所広司だったんだね」とか、口々に感想を言い合いながらはけて行く観客たちの波に揉まれながら、映画体験を共有する至福を感じていたのだった。
なぜ劇場に足を運んだかと言うと、現実世界の舞台がわが故郷、高知を舞台にしているからだった。高知の自然に魅せられたという細田守監督は、実は四万十川より透明度が高い仁淀川の透き通るようなブルーや、沈下橋から眺める山間の村等を、ほぼ克明に再現している。しかし、それらは言わば観光地・高知の看板ショット。筆者が驚いたのは、高知市のど真ん中を流れる鏡川南岸から望む、時間毎に表情を変える市内の様子を背景に取り入れていること。学校帰りのすずやしのぶくんやカミシンが語り合いながら川辺を歩く姿を見て、少年時代の自分を思い出した高知県人はたくさんいると思う。
7月のカンヌ映画祭を大いに沸かせた本作の魅力は、バーチャル空間で起きるドラスティックな展開は勿論、いやむしろそれ以上に、高知を媒介にして描かれる懐かしい下校風景にあるのではないかとすら感じる。あの学校と家の間にある、2度と戻らない心ときめく不思議な時間に。
「サマーウォーズ」のような「田舎町での人間模様」×「インターネット空間の仮想世界」に「美女と野獣」×「歌」で構築した細田守監督の意欲的な最新作。
細田守監督の代表作の一つに2009年の「サマーウォーズ」がありますが、今見ると「わずか10年くらい前なのに、スマホですらなくガラケーだったのか」と現実世界の早さに驚かされます。
「サマーウォーズ」の時は、当時より少し先の未来を描いていましたが、本作でも今より少し先の世界観を描き出して進化しています。
そして、不朽の名作「美女と野獣」をモチーフに使い、主人公の「すず」のインターネット空間の仮想世界での名前は「ベル」。そして、野獣として謎の竜が登場します。
ディズニー映画の「美女と野獣」の世界観を仮想世界「U」で表現され、ベルと竜の2人の関係性が物語の大きなカギとなっています。
さらに、現実の世界では、インターネットでブレイクするアーティストが出る時代なので、歌にも力を入れるなど、新しい試みもみられます。
声優陣は、スタジオジブリ作品のように芸能人が多いのですが、主人公の「すず」役には、中村佳穂という知る人ぞ知るようなアーティストを起用しています。
最初の学校のシーンで親友と話すあたりは、少し素人っぽい話し方が出てきますが、設定も「人間関係が不得意で、心を閉ざす女子高生」なので、案外、これもリアルなのかもしれません。
ちなみに、その「すず」の親友役には音楽ユニット「YOASOBI」のボーカル幾田りらが起用されていますが、こちらは本職並みの上手さがありました。
母と一緒に歌うのが大好きだったのに、母の死をきっかけに歌うことができなくなった「すず」が「ベル」として歌うシーンは、さすがの歌唱力でした。
これらのような新しい才能を開花させている点でも本作の試みは成功しています。
作画の面でも「U」での世界や、現実世界も含めて非常に進化していました。
また、作品全体の雰囲気も良く、本作はレベルの高い力作と言えるでしょう。
ただ、強いて言うと、「アカウント50億!の中から1つを見つけ出す」という非常に重要なミッションが本作の肝になるわけですが、この高すぎる設定をクリアするには、少し拍子抜けしてしまう点など、もう少し脚本が精査されていたら、より良かったとも思います。
このように所々もう少し練った脚本であれば、と思った面はありましたが、歌は良いですし、高知県の舞台も良いですし、何より人間模様が魅力的に描かれています。
なのでエンターテインメント作品としては、とても出来は良いと思います。
歌の響き方が透き通り、癒されました
Netflixで視聴、歌声の反響が素敵!
大きなホールで歌っているような反響で、アカペラで歌っている時でも綺麗な歌声が響いている感じで、鳥肌立ちました!
映画館でも観たことがあったのですが、歌綺麗で鳥肌立ちまくってた記憶があります。
鈴の声も、キャラクターのイメージ通りで、違和感なく物語に集中できました。
ゲームのようなシーンをいれたり、現代のSNSのようなシーンがあったり、展開も楽しめました。
Uの映像もとても綺麗です。サマーウォーズの世界観もすごく好きでしたが、Uの世界観も似てて好きです。
色使いも素敵で、キャラクターも個性的なデザインでとても好きです。竜の背中のあざも現実につながっていて虐待に耐えていたあざだったのも、伏線回収しててスッキリしました。
キャラクターの設定や世界観の設定、物語の結末で気になるところはあっても、ここは映画を見た人なりの解釈の余地があるな、想像を膨らませやすいなと思いました。物語、映画の流れの邪魔をしておらず、いい映画を見たなと思いました。
映画館でも観たことがあったのですが、初回で『なんかいい映画見た!』感覚がありました。
よくわからなくても見てよかった記憶があります。
そういう作品は金曜ロードショーでもまた見たいなってなります。
わかりやすくてまとまっている見やすい映画だなと思いました。
映像綺麗、歌綺麗、シーンの色使いや世界観の展開にメリハリがあって、楽しめました!
再度観てみたいと思える映画だったかどうかって意外と大切な要素かもしれない
2回視聴した後のレビューです。初回時の印象は主に心理描写の部分になんとなく違和感を感じたせいでストーリーに没頭できずよくわからずあまり楽しめなかったなぁというものでした。星2.5~3くらいだったでしょうか。
これまで「時をかける少女」「サマーウォーズ」など細田監督作品には大いに楽しませてもらっていて、本作も人物描写から美しい映像、音楽に至るまで細田節漂う作風でしたので惜しいなと感じました。そこで改めてもやもやしていた部分を思い出してみて再試聴してみようかとなりました。
①鈴が竜になぜそこまで執着しようとしたのか?
②川原で鈴が忍に今まで気になっていた何を聞こうとしたのか?
③横断歩道で鈴が忍に何を言いたかったのか?
2度目の視聴で大体スッキリしました。ちゃんと直接あるいは関節的に分かるように描写されていますね。個人的に得た正解はここではあえて書きません。なにが言いたかったかといいますと私の場合、初回視聴では物語のスピードに理解が追いついていなかったんだなぁということです。私は10代の少女でもなく、そこにメタバース社会を描く情報量が合わさっていろいろ細かいところ見落としていたのかなと。そして思い返してみれば似たようなことは多くの映画視聴に当てはまるのかもと思いました。再度観たいと思える映画でなかったならそのまま低評価になってしまうんだろうなと。本作は2度目の視聴でしっかり楽しめる良作品でした。
父親以外の人の前では問題を抱えながらも普通の10代の少女のように元気に喜怒哀楽を見せる鈴。父親だけがそんなきらきらした娘の姿を見ることができない…。ずっと一緒に暮らしているのに…。それがただひたすらに寂しく胸が締め付けられる。でもリアリティがある。最後お帰りのシーンでは泣かされました。これからはもうそうじゃないんだよという希望が見えました。
70点
映画評価:70点
荒削りながら、しっかり伝えたい事が詰まっていた。
これは、素晴らしい作品です。
冴えない少女は、
過去にトラウマをかかえていた。
それは、自分より他人を優先し儚く散った母の姿。
そこから、自分を隠し、偽り、そして押し殺した。
でも、ひょんな事から
自分を隠しながら行動できる空間に足を踏み入れる。
そこは自信がなかったスズにとって、うってつけの場所だった。
隠す必要のないスズは本来の実力を発揮し、
人気者になっていった。
そして、竜と出会う。
この竜との出会いによって、
スズたちは竜探しを始めるのだが、
私にとってはココが一番の疑問点だった。
細田監督が無理矢理、結末に向けて絡ませている様に感じた。この頃のスズでは竜探しなんて到底出来ない。
友人が強引に捜索している事になっているが…、強引で済むなら、今のスズはいない。
そこが私の気に入らない場所。
この部分を不満ながら我慢して見続ける。
すると、竜とベルのコミュニケーションターンに入るが、何故違う痛みをもつ竜に共感できたのか、
ここでも納得いかない点が出てくる。
スズは親に圧力をかけられていた訳ではない。
唯一、一心不乱に応援してくれる存在である母親から見放されたという勘違いから心を閉ざした。
一方竜の方は、その親から存在自体を否定されている。
言うことを聞け、言われた事だけをしろ、何故逆らう。
竜の個性を亡きものにしようとする父親に対し、それでも抗おうとする姿こそが竜だ。
この二人が出会い、劇中の様な展開にはならないと感じた。スズ側が積極的でお節介焼きなら分からなくもない。
細田監督が思い描く作品のために、ねじ曲げられた展開に不満は募るものの、表現したい気持ちは理解できるので、好評価は出来ます。
そして、問題視されるラストシーン。
これも、今まで通り細田監督のエゴです。
ですが、必要なシーンです。
スズが殻から出て羽ばたく為に、
スズに勇気を与え、そしてかつて母が行った善行に気がつかせるシーンだから。
別にスズを否定し(見捨て)て、母が他人を助けようとしたのではなく、目の前に救いたい存在があったから勝手に身体が動いた。そこへの理解です。
そして、スズは少しずつ前向きになっていく。
こういう暖かいストーリーです。
もう1つの世界は逃げるために用意されたのではなく、本当の自分に気付かせる場所なんだよ、と。
だからSNSで他人に迷惑をかけ、暴言を吐く人間は、現実でどれだけ善行していても、そいつの本来の姿はクソ野郎だよ、と。
だから、Uの世界では勝手に本来の姿をアバター化させている。荒削りだったけど、どう考えても素晴らしい作品でした。
【2025.12.3観賞】
なんだよ普通に面白いじゃん。
「果てしなきスカーレット」があまりに酷評で細田作品ってどんな感じだったかと
思っていたところアマプラで見れたので視聴。
俺の細田作品の評価は「時かけ」一択で好評な「サマーウォーズ」もあんまりだった。
だったもんで「サマーウォーズ」以降の作品は未視聴。
「竜とそばかすの姫」は公開当時酷評されていた記憶だけあった。
そして興味本位で見てみたら普通に面白かった。
それで疑問に思ったのがどんな感じに酷評されているのかって事。
いくつかの酷評を読んでみたけど、酷評している層に共通している事が1つあった
全てが「自分の常識」に当てはめているっていう事。
今作はファンタジーの装いで現実のセンシティブな社会問題を取り扱っているから
現実と混同して自分の「尺」を持ち込んでしまう人が多いんだろうなって思った。
この作品はアニメで完全創作というのを見失ってしまうんだろうなと…
逆にこの作品に「粗」や「矛盾」「短絡的」と評価してしまった人に言いたいのは
現実は小説よりも奇だし、頭や常識で思いつくよりも世界はイレギュラーに溢れている。
自分の「尺」をとっぱらってエンタメ作品だと見れるようになってほしい。
俺が1点だけ不満に思ったのは「美女と野獣」のオマージュ。
原作を現代解釈しているんじゃなくてディズニーの「美女と野獣」の
オマージュってところ。
ベルのキャラデザもディズニーに寄せてるし、
そこはクリエイターとして原作のオマージュをしてくれよと思った。
スカーレットが炎上中のこのタイミングで初見
軽い気持ちで見たけれど…これ
名作じゃね?
序盤から世界観に没入し、内向的な主人公に感情移入し、ミュージカルパートでもしっかり心を掴まれました。
わりと好きです。自分は。
もちろん問題点がないわけではないけど…
でもそんなものを上回るくらい加点の要素の方が多かったなと。
これまでは竜を除く全ての細田作品を見てきたけども、スカーレットを見終えたこのタイミングで見てみると、色々合点がいく部分がありました。
まず、細田作品は常に新たな映像表現にチャレンジしてきたという事。
特に龍はそれが顕著に出ています。
2Dで描かれる現実世界と、3Dのアバター「U」の世界。
この2つの世界を行き来しながら「歌」で繋ぎ止める。
細田作品の中でもまさに過渡期にあった作品だったなと思います。
「歌」のストーリー的必然性。
作画の違いの必然性。
それらが有機的に機能していたからこそ、竜は1つの作品としてまとまり得たんじゃないかと思いました。
ただ、スカーレットはそれを更に表現を推し進めた結果。
CGに偏重した世界に一部2Dキャラが混在する世界になっていて。
更に「歌」や「ダンス」が記号にしかなっておらず、明らかに分離してしまっている。
この点が竜が一定の評価を保ち、スカーレットが酷評されてという今の状況を産んだのではないかと思いました。
竜を見た事で、細田守の作家性を再確認でき。
スカーレットの先進性と、問題点のどちらも知ることができた気がします。
今回のスカーレットの興業的失敗を経て、細田守監督が今後どう舵を切るのかはまだ分かりませんが。
自身の作家性を活かせるフィールドに戻ってきてもらえたら良いなと切に願います。
アバターは自分で決めさせてよ…
細田作品はサマーウォーズしか見てないです。最近何かと話題なので一番ヒットしたと言われるそばかす姫を鑑賞しましたが、もう色々気になる!
生体データだかであなたの隠された才能!とか言って異形の深海生物がアバターで出てきたら嫌なんですけど…キャンセル出来るとは言え勝手に作るとかマジ余計な御世話(笑)みんなそれで良いの?てくらい謎の生物アバター受け入れてるし、そもそも隠された才能が深海生物てなに?潜水得意てこと?(笑)
ベルのアバターみて「そばかす」とか言ってたけどアレはメイクに見えたんだがそばかすってああなるんですか?そしてそばかすはそんなにダメな事なの?
謎のアバター竜!何処にもいるかも解らないんだ!…郊外に竜の造形物がある怪しい城あり!あんなところ行き来してたら目立つんだが(笑)
竜の背中にアザがある!あれはマントの上に柄があるからアザじゃなくてデザインじゃないの?マントじゃなくてまさか…皮膚ってことですか?こわ…(笑)
竜に攻撃されてデータ消失しました!とかそんなユーザー垢バンしろよ、ハッカーじゃん(笑)
美女と野獣をまんまやったなんて事はどうでいいくらい気になる事だらけです。でも映像やキャラの動きはとても綺麗でした。あとラストについてはボートマン、ロン毛美人、忍が味方になってくれれば最初こそワーワー言われるけど時間が経てば学校のトップランカーに仲間入り出来るから安心して鈴ちゃん♪て思いました。
色々勿体無い
説得力が弱い
冒頭のシーンや前半の学校生活の描画、音楽も素晴らしく視聴者に期待された点を考えて作成された感じがしました。
ただし、父やモブの言動、ラストやその前後には違和感しかありません。優秀な脚本家がいればという感想です。
「竜のオリジンをアンベイルする(キリッ」🐉💤
「竜のオリジン弁当をアンベイルする」と言う台詞に野村哲也みを感じますが、設定は凝っていますが、結局は凄く狭い範囲の話だし、脚本も散漫で全く入り込めず退屈でした。芸能人だけ起用すれば良いのに、長くて難しい説明台詞は、森川智之さんが読んでいて笑えました。かなりつまらないので折角の歌も不快でした。PROレビュアー()が勢揃いで、軒並み高得点と言う事でお察しです。
竜は🐉
竜はてっきりしのぶ君かと思った。
なるほど。
全く予想もしてなかった全くの他人の虐待受けてる子供とはな。
斬新な展開に考えさせられる。
あの怪しいメガネのオバサン全然無関係じゃん笑
伏線のはりかたがあまり上手くないのでしょうか...。
あの踊るシーンは美○と野獣そのものでワロタ笑
キーとなる花にバラ🌹を選んだのも美女と野獣に寄せてるじゃん笑
そこ寄せないほうが良かったのに😂
急に大傑作!細田監督は何かをつかんだ!
失礼な言い方になります。「時をかける」「サマーウォーズ」「おおかみこども」「未来のミライ」と絵の綺麗さと前半の勢いは抜群だけど結局上手くまとめられず取ってつけたようなキレイごとの帰結を持ってきてテーマがブレてしまい全く感動できない作品が続いていましたが、今作品は震えるような感動で涙が止まりませんでした。肉親の死、ネットの現代的問題、地域社会、友情、青春の恋愛、勇気、主人公の成長を「歌う」というテーマを通してラストまで完璧に描き切ったのではないでしょうか。この完成度の作品を発表し何でもっと話題にならないのか不思議に思うぐらいです。細田監督はこれまでの創作活動の苦闘の果てに何かをつかんだように思います。全盛期の宮崎駿のような未踏の域へ突入した細田監督の今後の作品が楽しみです。
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