「本当の強さとは」BLUE ブルー 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
本当の強さとは
『アンダードッグ(後編)』のレビューでも触れたが、意外と邦画はボクシング映画が豊作。
そんな歴代チャンピオンに、新たな挑戦者が。
ボクシング映画の醍醐味の一つは、ハングリー精神である事。本作も然り。
プロボクサーの瓜田。教え上手で、優しい性格。が、試合は負け続き。それでも何故、この男はボクシングを続けるのか…?
後輩の小川。彼らのジムで最も日本チャンピオンに近い。恋人は瓜田の幼馴染みの千佳。何もかも順調だが、最近パンチドランカーの兆候が…。
ゲームセンターでバイトするヘタレな青年、楢崎。意中の女の子に見栄張ってボクシングやってると嘘付いて、“ボクシング風”だけを習いに入会。しかし続ける内にハマっていく…。
三者三様だが、これまでのボクシング映画で描かれてきたあるっちゃああるの定番。
ボクシング映画はストレートでいいのだ。
後は闘い方によって、ジャブか、KO級のパンチか。
本作は『あゝ、荒野』や『アンダードッグ』のようなKO級ではなかった。
どちらかと言うと、ジャブで小出しし、時折ホディブロー、じわじわじわじわと効いてくるパンチ。
それもこれも吉田恵輔監督の試合が巧い。
自身も30年以上のボクシング経験者。劇中のボクシング指導も自ら。
製作に8年。
それだけでも拳に込めた熱い思いが分かるが、特に経験者だからこそ描く事が出来たのは、3人の男への眼差し。
設定としては先述の通り、あるある。が、見ていくと、他のボクシング映画とは違う。と言うのも、勝者が居ないのだ。
大抵のボクシング映画の主人公の場合、負け続きでも、最後の最後には、勝つ。が、本作の場合は…。
弱者新人ボクサー。負けてばかりでも、やはり同じく、奇跡的に一勝する。が、本作の場合は…。
遂に掴んだ日本チャンピオン→パンチドランカーなど一旦どん底へ→無理を押し切り試合に臨み、再び栄光を掴む。が、本作の場合は…。
そんな作られた嘘っぱちなど起きやしない。
実際にリングの上に立って、闘って、その世界に居た人だからこそ描ける、ボクシングのリアル。
無情ではあるが、重く悲しいだけではない。
教え、支え、人と人の拳がぶつかり合う中の人と人の温もり…これこそ監督自身の体験談の中で最も描きたかったように感じた。
『あゝ、荒野』や『アンダードッグ』は2部作で5時間近い大作であったが、本作は2時間弱。勿論、2部作ではない。
あちらの作品にどっぷりハマった人には物足りないかもしれないが、本作は見事1本の尺に纏めただけではなく、省略の美と見た。
例えば、楢崎がプロテストに合格するシーン、楢崎と先輩ボクサーがあっさり和解して唐突にも思うだろう。他にも一見説明不足と指摘されそうな点が幾つか…。
くどくど描かず、見るこちらにその背景のドラマを想像させる。
ニヤリとしたり、胸をグッとさせられた。
安藤サクラ、菅田将暉、森山未來…演技派×ボクシングで名試合となる。
本作は、この人。松山~ケンイチ!
脚本に惚れ込み、2年間役作り。
試合シーンもさることながら、本人の素のような雰囲気もマッチした温和な名コーチぶり!
ボクシング映画で異色の主人公。
王道のボクシング映画主人公タイプは、東出昌大の方かもしれない。
才能。恋人。栄光。
どん底…。
試合シーン、熱演、パンチドランカーの悲しさ、苦悩…感情の見せ場など最も多い。
瓜田と小川はいい先輩後輩で、2人の友情も見所。
が、そこに千佳が入ると微妙な空気になる。
小川の恋人。結婚を考えている。
元々は瓜田の幼馴染み。そして初恋の相手。
千佳も気軽に瓜田に会うなど、一見仲の良い3人だが…、
小川がボクシングを始めたのは瓜田がきっかけ。なのに今では、小川の方が躍進。そればかりではなく、千佳までも…。
瓜田は本当はそれをどう思っているのか…?
小川もそれをどう思っているのか…?
本筋に邪魔にならない程度に、二人の男と一人の女のラブストーリー。
それも分かるほど、木村文乃が魅力的。
柄本時生は絶妙なユーモアを入れてくれる。
最初は本当にただのバカ。(失礼!)
しかし次第に少しずつ強さを身に付けていく。プロテストにまで合格。
一緒に受けた先輩は落ち、憤慨。スパークリングし、初めてその先輩に勝つ。(この後ちょっと事件が起きるが…)
最初はヘタレだった楢崎がカッコ良かった。
でもやはり、弱いのは弱い。初試合はビビって負け。その次の試合も負けるも…。
新人ボクサーがひたすら強くなっていくのではなく、弱カッコいい。
クライマックスはメインキャストたちが拳をぶつかり合わせるのがお約束。
しかし、本作は何と、否!
盛り上がりに欠けるとか、ラストに一番の見せ場が無いとか意見ありそう。
確かにボクシング映画に於いて、そういう展開は熱く、最も盛り上がる。でも時々、胸締め付けられる思いになる。
本作はそうじゃないのだ。
ある試合を最後に、瓜田は姿を消す。引退を決めていたのだ。
勿論その試合は負け。楢崎も負け悔しいのに、笑顔の瓜田を責め立てる。
小川は別れを言えなかった事、千佳を含めた自分たちとの事…。
そんな楢崎の元に、瓜田から一冊のノートが届く。あれだけ責めたのに、的確なアドバイス。
単なるお人好しや優しさじゃない。これがこの人の強さなのだ。
何も強さとは、試合に勝つ事だけではない。
ただひたすらボクシングが好きという強さ。
最愛の後輩、最後の後輩を見守る強さ。
一方は諦めざるを得ないとしても、もう一方はその教えを引き継ぐ。
そして、何処か離れた地で…
彼もまた諦めていない。