劇場公開日 2021年4月9日

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「時間の問題」パーム・スプリングス かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0時間の問題

2021年10月24日
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毎朝同じ通勤電車に乗っているいつも顔ぶれが変わらない乗客を眺めているとこう思うことがある。「俺は同じ1日をただループしているだけではないのか」という錯覚に時折とらわれるのである。おそらく席につくなりスマホの数独ゲームをはじめるハゲ親父や、腕を組んで眉間にしわを寄せながら眠りにつく若者、ショルダーバッグを肩からずり落ちそうにしながら立ち寝しているJKも、自分と同じ感覚にとらわれているのではないだろうか。循環バスや山手線のように、ただ同じ1日をだらだらと繰り返しているループのワナにはまりこんでいるだけなのではないかと。

パーム・スプリングスで行われる友達の結婚式にお呼ばれしたナイルズもまた、ほぼほぼ同じような1日を繰り返すタイム・ループにはまりこんでいる男。眠りにおちたり死んだりすると、結婚式当日の同じ朝に引き戻されるナイルズ。仕事は何をしていたのかも思い出せないほどもう長いことこのループにはまりこんでいて、そこから抜け出すことをもはや諦めてしまっているのだ。毎日違う女を口説いたりしてそれなりにループ生活をエンジョイしていたナイルズだが、同じタイムループのわなにはまりこんだサラと本気の恋に落ちてしまい…

次に何が起きるのが予めわかっている未来が待っているというのは、考える必要がない分結構楽チン。他人の行動が読めるので、半ば予言者のように振る舞うこともできちゃうのだから。翌朝になれば自分の記憶以外すべてがリセットされてしまうので、失恋のショックや死の恐怖に怯えることもない。考えようによってはこの無間地獄生活も悪いことばかりじゃないのである。しかもここは毎日バカのように晴れ上がっているパームスプリングス、留守宅にしのびこみプールに入ってビール片手にゴムボートに揺られれば、気分はもうパラダイスなのだ。

ポイントはループしている本人の記憶だけが残っているということ。実は同じ1日を繰り返していることに気づいている人物が後三人?登場しているのだが、この映画は“時間の本質”について結構鋭いところをついている。自分一人がちがう行動をしても周囲にいる人間が同じ行動をしていれば、全体としては時間が止まっているように見える。違う行動をしている人間を観察している別の人間(この映画の場合サラがそれなのだが)、言い換えるならば、昨日と違う時間を共有している誰かが他にいないと存在そのものがあやふやになる、という量子論分野の「観察者問題」に何気なく抵触しているのである。

「缶ビールを飲み干した時に感じる(次のビールに手をつけるまでの)一瞬の寂しさ」“もののあはれ”にも通じるその孤独感を共有できる人間が側にいないと、時間は後戻りするばかりでけっして前には進まない。いとおしいと思う人が側にいると、その人と別れたくないという思いが自然とわきあがり、離れている時間の重みにも気づかされる。現状維持に甘んじていたナイルズが、その孤独を共有できるサラと出会い、ループのワナから脱出をはたすのは、もはや“時間の問題”だったのである。

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かなり悪いオヤジ