「浅草芸人の矜持」浅草キッド るなさんの映画レビュー(感想・評価)
浅草芸人の矜持
2月2日は幻の浅草芸人、深見千三郎の命日。供養も兼ねて視聴。
北野武の自伝的小説を原作に、大泉洋が伝説の芸人・深見千三郎を、柳楽優弥が若き日のビートたけしを演じている。何しろこの二人の演技が素晴らしく、圧倒的な存在感。大泉洋が演じる深見は、芸に対してストイックでありながらも温かみがあり、時に厳しく時に優しい「昭和の芸人」の生き様を体現している。彼の「笑いとは何か?」という哲学は、単なるエンターテイメントではなく、生きることそのものに直結している。その姿勢が、若き日のたけしに大きな影響を与える様子は、観る者の胸を打つ。大泉洋は、普段の軽妙なイメージとは異なり、深見の持つ狂気と情熱を見事に演じ切っており、彼の代表作の一つになったと言っても過言ではない。
そして名台詞「笑われるんじゃねえっ笑わせるんだよ!」凄い。
一方、柳楽優弥が演じる若きビートたけし。『誰も知らない』以来、圧倒的な演技力を見せてきた柳楽だが、本作では北野武特有の話し方やしぐさを巧みに再現しつつも、いわゆる憑依型演技で単なるモノマネに終わらない「一人の青年の成長物語」としてのリアリティを持たせている。浅草フランス座での修行、深見との衝突と和解、テレビの世界へ進んでいく過程の中で、彼が抱える葛藤が生々しく伝わってくる。特に深見との別れのシーンは圧巻で、彼の「恩師への愛と芸人としての覚悟」が痛切に伝わってくる名場面だ。
また、本作は単なる伝記映画ではなく、「昭和の芸人文化」を活写した作品でもある。ストリップ劇場に併設された劇場で、芸人が必死に笑いを生み出すという舞台設定は、現代のテレビやYouTubeとはまったく異なる「生の芸」の世界を映し出している。観客との距離感、間の取り方、即興の技術――すべてが試される過酷な環境の中で、芸人がいかにして鍛えられていくのかがリアルに描かれており、まるでドキュメンタリーを見ているかのような感覚に陥る。
劇団ひとりの演出も冴えわたっている。彼自身が芸人であり、映画監督としても卓越したセンスを持つため、芸人の世界を内部から描くことに成功している。特に光と影の使い方が巧みで、浅草の街の温もりや昭和の空気感を映像的に表現することで、観客を1970年代の世界に引き込む。また、深見とたけしの師弟関係を単なる美談として描くのではなく、時に対立し、時に誤解しながらも、最後には深い愛情で結ばれていることを丁寧に描写している点が秀逸だ。
音楽も作品の雰囲気を高めている。特にエンドロールで流れるビートたけしの「浅草キッド」は、本作のテーマそのものを象徴しており、観終わった後に余韻を強く残す。この歌が持つ哀愁と郷愁が、映画全体のトーンと見事にマッチしているのだ。
『浅草キッド』は、単なる「北野武の青春物語」ではない。芸の世界の厳しさと美しさ、師弟愛の深さ、そして時代の変遷を描いた、普遍的なヒューマンドラマである。芸人とは何か? 笑いとは何か? そして、人が誰かを尊敬し、受け継いでいくものとは何か? そうした問いを投げかける本作は、多くの人の心に響く作品となっている。特に「昭和の芸の世界」を知らない世代にも、その魅力と熱量を伝える力を持っており、世代を超えて愛される映画として長く語り継がれるだろう。