「芸人だよ、バカ野郎ー!」浅草キッド 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
芸人だよ、バカ野郎ー!
新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
新年初投稿はこの作品にしようと思ってました。
浅草芸能の雰囲気が、正月に見るのにぴったりな気がしたからです。
であると同時に、話題のNetflix邦画。
題材は、ビートたけし誕生秘話。
映画ファン、お笑いファン、エンタメファンなら興味引かずにはいられない。
今や芸能界の“ビッグボス”となったビートたけし。
勿論ビートたけしの事は知らぬ訳無いが、自分が知るビートたけしはほんの一表情。
まだまだ若い素人の頃、浅草のストリップ劇場“フランス座”でエレベーター・ボーイをしていたたけし。
そんな彼はある芸人に憧れていた。
その芸人とは、深見千三郎。
たけしは勿論、東八郎や萩本欽一の師匠であるという浅草芸人。
にも関わらず、全く知らなかった。
当然かもしれない。
世代の事もあるし、それにTV出演は全くと言っていいほど無く、舞台に立って笑わせる事にこだわり続け、浅草界隈でしかその名や存在が知られなかった“幻の浅草芸人”。
が、芸人たちへの影響力は多大なもので、彼を師と仰ぐ芸人は先に挙げた人たち以外にも。
たけしは深見の“最後の弟子”。
たけしにとって深見は“敬愛する師匠”。
若きたけしの青春の日々、師匠と弟子の物語…。
深見に弟子入りを志願。
今は何でもマルチに才能を発揮するたけしだが、この頃は芸の一つも出来やしない。
「バカ野郎!」…と、いきなり大目玉。
芸の一つも出来ないどころか、深見の前では子犬のように萎縮するたけしの姿が信じられない。今、名だけ売れてる第7世代だったら第一声だけでKOされるだろう。
そんなたけしにタップダンスを教え込む深見。
あれ、これって…。
見てたら本当に、“ビートたけし”の礎を築いたのは深見千三郎であるとつくづく思った。
タップダンスと言えば、『座頭市』。
とにかく口が悪い深見。口を開けば、「バカ野郎!」「この野郎!」。我々もTVで知るたけしの口調と言えば、これ。
Wikipediaなんかによると、深見とたけしの両名を知る人は、たけしは深見の“完コピ”ってくらいらしい。
たけしが深見から頂いた言葉の一つ。
「笑われるんじゃねぇ、笑わせろ」
売れてても売れてなくても、生きざまやプライドを感じた。
芸人だよ、バカ野郎!
日々師匠にボロカス怒鳴られっ放しのたけし。
が、初舞台に立ったり、タップダンスは上達していく。
次第に深見の目に留まる。ひょっとしたら、ひょっとするかも。
深見は妻・麻里と住むアパートの空き部屋をたけしに提供。
毒舌家だけど、下町人情人らしい面倒見の良さ。
自分たちの生活も苦しいだろうに、弟子の飯や部屋の家賃はこっち持ち。師匠が弟子に奢るのは当たり前。
たけしも軍団に慕われ、面倒見のいいのは聞いた事がある。
芸風だけじゃなく、この辺のプライベートの性格まで深見の影響を受けているのが見て取れる。
深見に厳しく鍛えられ、麻里やフランス座の面々に見守られ、踊り子の千春と交流しながら、芸人として成長していくたけし。
いつの間にかフランス座の“顔”になる。
そんなフランス座だが、経営は火の車。客足はとっくに遠退き、来るのはストリップ目当て。
折しもTVが普及し、漫才ブーム。
が、深見はTVや漫才を嫌い、先にも述べたが舞台やコントにこだわり続けた。
そんなある日たけしは、フランス座を辞めた先輩芸人のきよしから、一緒に漫才をやらないかと誘われる。
悩みに悩む。
フランス座の外で、自分の芸を試す機会。
が、それはフランス座や深見と決別するという事…。
悩みに悩んだ挙げ句、出した答えは…
外の世界での勝負。
それも苦難多いだろうが、同じくらい苦渋なのは、伝えなければならないこの一言。
「辞めます」
勿論師匠は大激怒。
しかし、この時ばかりはたけしも反論する。
いつまでもこんな所で燻って、何になる? のたれ死ねというのか…?
世話になったフランス座を後にするたけし。
そんなたけしの背中に、破門を言い渡す師匠の怒号が悲しく響く。
「バカ野郎!」
たけしを演じたのは、柳楽優弥。
あの独特の首を捻る所作、身体の仕草、口調まで、さすが同世代屈指の演技技巧者! タップダンスも披露。
圧巻だったのは、時折現在のたけしも挿入。特殊メイクを施して、柳楽自身が熱演。一瞬、ご本人かと思った…。
また、たけしの所作指導や現在の声当ては松村邦洋。やっぱこの人、たけしのモノマネならピカイチ!
そして、深見役で存在感を放つ大泉洋。
毒舌でクールぶってる所は探偵“俺”、元々バラエティー出身なので笑いの勘、人情深さは本人のよう。またまたハマり役。喜怒哀楽の熱演。
二人の掛け合い、やり取りも時に笑わせ、しんみりさせ、見事。この二人だもん、当然か。
周りのキャストでは、鈴木保奈美がいい姉さんっぷり、ナイツ土屋の好相方、門脇麦はヤらせてくれなかったけど華を添えてくれた。
きよしと組んで漫才デビュー。
やっと我々も知っている。
勿論その名は…
松鶴家たけしきよし!
…あれ? ツービートじゃないの?
改名前。全く売れず、鳴かず飛ばず、客と喧嘩し、劇場の支配人から追い出される事も…。
フランス座に帰ろうか…なんて考えが過る。
…いや、ダメだ。何の為に師匠と決別してまでフランス座を出て行ったんだ。
やってやる。何がなんでも。
芸名やネタもガラリと変える。
芸名“ツービート”。
ネタはかなり過激なジョークの連発。
しかし、これがウケた。
賛否両論だけど、全く新しい笑い。
ツービートが劇場に立つと、芸人も見に行くまで。
快進撃は遂にTVの場へ。
が、リハの時、過激なネタがNGとなる。
何をやればいい? 過激なネタで笑わせてこそ、ツービート。
生放送TV出演直前。未だ悩むたけしの脳裏に、師匠の言葉が聞こえる。
「客に媚びるな」
「笑われるんじゃねぇ、笑わせろ」
ツービートが披露したネタは…
だからこそ、今の地位がある。
ビートたけし誕生の瞬間。
一方のフランス座。
たけしが去った後、経営はますます悪化。
かつての弟子・東八郎はある誘いをしてくるが、大激怒。
麻里は芸者をして生計を支え、借金をしてまでフランス座の経営を続ける。
まばらで入った客が寝てても、舞台に立ち続ける事にこだわる深見。断固としてTVに背を向けて。
時代遅れ、頑固者、化石、古臭い石頭…。
どうとでも言いたいだけ言え。
だけど、世の中に一人でも、そういう人が居てもいいじゃないか。
時代や人々が新しいものに目移りする中、自分の“誇り”にしがみ続ける。
劇中で、それを貶す台詞があった。
そんな貶される事か…!?
劇場で客の前に立つのは、どんな芸人にとっても登竜門。売れても舞台に出てネタを披露する芸人は非常に多い。彼らの“本職”なのだ。
深見にとって舞台は“誇り”でもあり、全ての劇場や笑いの“護り人”。
が、そんな彼も遂に限界が…。
フランス座を手放し、芸人を引退。東八郎からの誘い、東の弟子が経営する工場で働く事に…。
天才を育てた天才。なのに…
こうでもしないと食っていけないとは言え、切ない。切なかった…。
麻里と二人三脚の貧しい暮らし。
だけど、まだどん底に落ちちゃあいない。麻里が応援してくれている。舞台に立つ俺が見たいってよ。何てったって、俺は“浅草の深見”!
ところがその麻里も…。
弟子の活躍ぶりは凄まじく、TVで見ない日は無いくらい。
それをたまたまTVで見た深見。何とも言えぬ表情。やはり、凝りがあるのか…?
食堂の客が気を利かせ、チャンネルを変え、たけしの悪口を言う。すると…
大激怒。「素人のテメェに何が分かる!? 俺の弟子だぞ!」
芸の栄えある賞を獲ったたけし。
たまたま近くに寄った事もあり、久々に訪ねる。師匠の元を。
張り詰めたような空気…。気まずい…。訪ねるべきじゃなかったのか…?
小遣いと賞金を深見に渡すたけし。
不機嫌になっていく深見。
昔のたけしならここで、場負けしていただろう。
が、深見がとある行動をし、それに対したけしが鋭いツッコミをし、一気に場の空気が和んだ。
そのままかつてのように飲みに。
深見もバッチリとキメて。しょぼくれ落ちぶれが嘘のように、飲み屋の客を散々笑わせる。“浅草の深見”、まだまだ健在なり!
たけしも応戦。
そういや劇中で二人の笑いの合戦は、このシーンが初めて。このシーンの為にあったのだ!
お開きの際の、かつては怒られた“ハイヒール・ボケ”。あれをしっかりと覚えていて、師匠の為にお膳立てる。
本当に本作は、師弟愛の物語。
もし、体力も精神もMAXだった時の深見だったら、弟子の小遣いなんてブチギレていただろう。
しかし今はもう、そんな気力もない。相変わらず口だけは悪いが。
別の意味もあるかもしれない。
とっくに芸人も辞め、落ちぶれた。それでも、師匠と呼び、慕ってくれる。
「バカ野郎」
それが嬉しかった。
(実際二人は、これを機に再び親交を取り戻したという)
ビートたけしの自伝小説に基づく。
なので、深見の最期も。
悲劇…。
見終わった後、深見千三郎についてWikipediaで詳しく検索してしまったほど。
TV出演が無かった彼が、唯一と言っていいくらいTVで報道でされた最初で最期らしい。
訃報を聞いたたけしが師匠へ捧げた毒舌哀悼が胸に染みた。
また、深見がフランス座を守り続けたもう一つの理由。こんなにも愛されていたんだ。
…いや、ひょっとしたらひょっとしやがった。
大まかな話はエンタメ世界のオーソドックス。
無名の存在。才能を見込まれる。独立。挫折を味わうも、再起。快進撃や地位を築いていく。その心中にあり続けるのは…。
ある大物。若い才能を見抜く。決別。時代に取り残され、アルコールに溺れ…。その心中にあり続けるのは…。
これらをヘンに色を出すのではなく、笑い、人情、ハートフル、感動を織り交ぜ、誰もが見れる好編に仕上げた劇団ひとりの演出に好感。
ファンタスティックなラストが良かった。
現在のフランス座を訪れた現在のたけし。
中に入ると、そこはかつての風景。懐かしい面々が「タケちゃん!」と迎えてくれる。
バックに流れる名曲“浅草キッド”。
何だか自分もたかだか2時間だけなのに、タイムスリップして、ノスタルジックな雰囲気に浸れた。
ラストシーンは深見と舞台に立つ現在のたけし。
あのシーン。あの台詞。
毒舌だけど、生きざま溢れる。
しっかり脈々と、師匠から受け継ぐ。
「芸人だよ、バカ野郎!」
たけしを尊敬するひとり。
深見を師とするたけし。
一見、ひとりがこの二人に捧げたラブレターだが、全ての芸人、全ての芸に万感の思いと笑いを込めて。
2022年の初笑いと初感動。