劇場公開日 2021年8月20日

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「監督が仕組んだ壮大なコン・ゲームムービー」孤狼の血 LEVEL2 keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5監督が仕組んだ壮大なコン・ゲームムービー

2021年9月1日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

ヤクザの抗争に警察組織からはみ出した一人の外道刑事が絡んだ過激なバイオレンス映画、一見そういう体裁を取りつつ、実は本作は、白石和彌監督が巧妙に仕組んだ壮大なコン・ゲームムービーです。

凡庸な監督は多くの場合、カメラを舞台劇の観衆視点に置いて撮り上げます。恰も家の居間で寛いで観賞するTVドラマ感覚かのように、ストーリー展開に戸惑うこともなく、換言すれば予定調和的に観終えられます。
本作も、冒頭からシーンが小刻みに切り替わり、登場人物が悉く暴力沙汰に関わってそのキャラクターを印象付けながらエピソードを重ねていき、いかにも観客視点で映像が展開します。
ただ本作は、ヤクザの抗争劇と、その陰で暗躍する外道刑事の物語であった前作とは全然異なり、ヤクザ組織の論理と倫理は毛ほども現れず、残虐非道のシリアルキラーと、これに立ち向かう半グレ刑事という構図の、さしずめアメコミの和製焼き直し版といえます。
両者は終始激しく対峙し、そして猟奇的な暴力をエスカレートさせながら、クライマックスの血塗れの長回し決闘シーンに持ち込まれます。ここに至って、私は、本作のカメラ視点が、実は二つの悪を、いわばドローンからの鳥瞰視座で傍観し弄んで共倒れを企む広島県警の冷徹な視線だったことに気付き愕然としました。
それまで気になっていた辻褄の合わない強引なストーリー展開の理由が、ここで始めて明らかになり、白石監督の巧みな罠に見事に嵌ったこと気づきました。
但し、ワル同士の決着がついた後のラスト10分間のみカメラは広島県警視点を離れ、松坂桃李扮する日岡視点で映し出しますが、これは明らかに更なる続編への伏線でしょう。

猟奇的シリアルキラーといえる上林を演じた鈴木亮介の、異界からのターミネーターを模した残虐で凄惨な暴力の繰り返しに、つい目が虜になってしまいますが、彼の眼は終始正気の人間の眼つきであり、寧ろそれ故に上林の奇怪で不気味な怖さ、存在するだけで周囲に衝撃波を発し続ける強烈な威圧感が漂ってきます。
一方、これに対する日岡刑事を演じる松坂桃李の眼は、暴力的で狡猾な多くの登場人物の中で唯一、クライマックスまでずっと獲物を狙う野獣の眼、狂気が宿った眼つきでした。
否、今一人、西野七瀬扮する、チンタの姉の眼にも狂気の炎が燃えていました。ラストの場面、即ち広島県警視点でのカメラ目線から解放されたシーンで、その狂気の源に合点がいったしだいです。

目を背けたくなるような無惨で苛烈な暴力シーンが数多いにも関わらず、手持ちカメラで撮られるアクションシーンの、非常にテンポの良いカットで割られた画面から噴き出してくる躍動感、臨場感、そして緊迫感に、思わず画面に観入ってしまいます。更に、ローアングルと仰角カットの多用により、観衆は抑圧感と恐怖感に苛まれ、終始息苦しい緊張感の中に投げ込まれ続けます。
而して本作は。極めて危険な魅力に溢れた快作と呼べるでしょう。

斯様に本作は、明らかに単なるヤクザ映画とは一線を画しています。撮影されたのが、『仁義なき戦い』以降の実録ヤクザ映画を悉く製作した東映京撮でなく東撮だったのも、その所以ではないかと邪推している処です。

keithKH