浜の朝日の嘘つきどもとのレビュー・感想・評価
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【”タナダユキ監督のオリジナル脚本は、映画とミニシアターへの愛に溢れている。”現況下で苦闘するミニシアターに大きな大きなエールを贈る作品。大久保佳代子さんの図抜けた存在感が嬉しい作品でもある。】
ー タナダユキ監督は、邦画では貴重なオリジナル脚本で勝負する監督のお一人である。
そして、その脚本の殆んどは、人間の善性に溢れている。
不器用だが、必死に生きる人間が大好きなお方なのであろうと、勝手に拝察している。ー
◆感想
1.今作では、現況下の日本が抱える諸問題が正面から描かれている。
3.11から数年後と、現代とを行き来しながら・・。
・3.11発災後、義侠心で一人タクシーを南相馬で走らせていた父(三石研)に対する、世間の見方が変わって行く様が語られる。
そして、父が起こした浜野あさひタクシー会社に、そのまんま名前を使われたあさひ(高畑充希)が、学校で一人又一人と友達がいなくなり、家族関係もオカシクなり、父は家を出、残された家族は東京へ。
ー 福島県民の方々に対する、陰湿なバッシングが脳裏を過る・・。ー
・コロナ禍により経営が行き詰まり、支配人の森田爺(柳喬京太)が廃業を決意し、フィルムを百年近い歴史ある「朝日館」をバックに燃やしているシーン。
ー そこに現れた、口の悪い女(高畑充希)は、名を問われ、”モギリコ”とモゴモゴ口にするシーンがオカシイ。明らかに偽名じゃん。”モギリヨ、コンヤモアリガトウ・・。”
全編通じて、森田爺と”モギリコ”の悪態をつき合う遣り取りが、絶妙に可笑しい。ー
・高校生時代に、独り悩むあさひに高校の屋上で声を掛ける田中茉莉子先生(大久保佳代子)のさり気ない優しさが凄く良い。あさひとこっそり校舎内で映画を観たり、家を飛び出して来たあさひを引き取り、一緒に映画を観る二人。
ー 男運は悪いが、善性溢れる茉莉子先生を大久保佳代子さんが絶妙のとぼけた”間”で演じている。演技が巧い訳ではないが(ごめんなさい・・)、この映画の良さは、大久保さんの存在感が大きく貢献していると思う。ー
・海外実習生として、日本に来たバオ(佐野弘樹:日本人だったのか!)が、日本人に搾取され、自暴自棄になっていた時に会った茉莉子先生の、人としての優しさ。
ー 二人は恋仲になるが、一線は越えない。8年間!のプラトニックラブ。乳癌に侵された茉莉子先生が、久しぶりに会ったあさひとの台詞も可笑しい。
そして、臨終の言葉。
”やっとけば、良かった・・”
もう、最高です、大久保さん!
涙が目尻に溜まりながらも、クスクス笑えるシーンである。ー
・「朝日館」閉館後の跡地開発をする業者も、決して悪い様には描かれない。南相馬市の雇用創出を考え、スーパー銭湯を建てようとしているのだ。
ー すこーしだけ、悪辣な部分もあるが、ビジネスだからね・・。ー
2.そんな中、南相馬市の住民達が出した結論の、素晴らしき選択。
ー あさひの父の粋な計らいも含め、沁みます・・。ー
<明けない夜はない。
そして、映画好きの私(内気じゃないけどね。)は、きっと日々生きる辛さを、映画館の暗闇の中で観る”残存現象”によって、救って貰っているのであろう。
どの様な時でも、夢を見せてくれるのが映画であり、映画館なのである。
現況下で苦闘するミニシアターに大きな大きなエールを贈る作品である。>
「割り切れない」人情が映画館を救う! コロナ禍における希望の光を描く…豪華出演陣も◎
東日本大震災から10年。被災した人々にも様々なバックグラウンドや立場があり、ひとことで「被災者」について語ることは難しい。その点について、改めて考えさせられたし、人情というものが「割り切れない」からこそ、昨今のコロナ禍によりなお息苦しい現代社会に対する「特効薬」になれば良いな、と多少の期待を抱いた。劇中でも触れられたように、映画こそ人間の内面を豊かにしてくれる(映画を愛する人たちに対して、そんな大袈裟な言い方をする必要はないかもしれない)。それに、ネットフリックスやAmazonプライムビデオといったサブスク動画配信サービスやユーチューブが栄華をきわめ、自宅で一人で映画を楽しむことができるようになった今でも、アカの他人が劇場に集い、共に笑い、涙する経験は(特に「根暗な」人間にとっては)かけがえのないものであり、一定の需要はある(地域差はあれど)。被災地域の「雇用」と「にぎわい」と天秤にかけられ、存続の危機に瀕した朝日座は、映画館を残したいという地域の人々の密かなる「割り切れない」人情に支えられ、新たな道を切り拓いた。合理性や採算性のみに注目すれば、その道は閉ざされただろう。ハッピーエンドな結末を「安直だ」と批判するコメントがこれから出てこないとも限らないが、この作品は何より「割り切れない」人情を見事に描いていると思う。言い換えれば、それは東日本大震災の「被災者」のみならず、コロナ禍においてもがき苦しんできた、あらゆる人々にとっての希望の光である。「明けない夜はない」ことを身をもって表現した主人公・浜野あさひを演じた高畑充希をはじめ、豪華出演陣の奏でるハーモニーが作品の魅力を高めていることは、もれなく述べておきたい。
メッチャ笑いが多目の感動作! 色んな意味で映画愛も満載。
本作は映画館で観ないと意味が無いかもしれません。
高畑充希さん演じる茂木莉子(仮名)が、取り壊しが決まった映画館を立ち直らせようと奮闘するストーリー。
何故、莉子が自分と何の繋がりも無い田舎の映画館を救おうとするのかが全くの謎。
中盤で理由が解るんだけど、その理由のシーンで号泣するかと思いきや大爆笑(笑)
そのシーンの泣き笑い度は半端無し!
とにかく笑えるシーンが満載。
莉子が映画館のオヤジと会話するシーンが出だしから最後まで口が悪いんだけどほのぼのしていて良い感じ。
先生役の大久保佳代子さん。
メッチャ良かった!
本当にあんな先生いるかも(笑)
今年は映画愛のある作品が多目の印象。
自分が観た作品の全てが良かった中でも本作の満足度はかなり高目。
学生時代の高畑充希さんのショートヘアーが良かったです( ´∀`)
残像現象に救われるネクラどもと
笑って、爆笑して、時に泣いて、最後はあったかい気持ちで劇場を出る。高畑充希の演技は勿論のこと、お笑い芸人大久保さんと落語家柳家喬太郎さんたちの演技と語り口も素晴らしく引き込まれる。
「映画がなくても人は生きていける」確かにそうだ。だから震災や新型コロナウィルスなどの未曾有の危機的状況下では娯楽は後回しにされるのは致し方ない。だけど映画は心を満たしてくれるし、時には人々を救い、時には生きる希望だって見出してくれる。
“暗闇の中で紡がれる嘘の物語に他人が集まり、笑って、ときに、涙する”
なにせセリフが秀逸で、何度もハッとさせられる。社会的な問題も織り込みながらも、最後にはちゃんとハッピーにさせてくれるんだから。
私も数多くの映画に救われている一人。配給会社、映画館、劇場など、映画に携わる全ての人への愛が詰まった作品で、しっかりと受けとったよ。
今年は『サマーフィルムにのって』『キネマの神様』など映画へのオマージュ作品が多く見られる。
コロナ禍によって“映画の存在意義”について思いを巡らせる人々がこれだけいるってことだよね。
敢えて言うなら、エンドロールは竹原ピストルさんの歌で終わって欲しかったかな。
「やっとけばよかった・・・」田中先生、最高!
朝日座のメタボ支配人とモギリコのやりとりと言葉使いは喬太郎(森田支配人役)の新作落語の登場人物そのものだった。その箇所の脚本は喬太郎さん執筆?と思ったほど。
二人が対照的で楽しかった。かたや白髪で癖っ毛、かたや漆黒ストレートのベリーショート。かたやガラケー、かたやスマホ。かたや無地のTシャツにチェックシャツにベージュパンツ(喬太郎さんの私服?)、かたやスタイリッシュな服でエッジの効いたピアス。かたやお腹出ていて、かたやシュッ!その二人が最後並んでる風景は良かったな。「ハワイの雪」(喬太郎さんの新作落語)のおじいちゃんと孫娘みたい。喬太郎が支配人になったら怪獣やウルトラマン映画特集ばっかりやる映画館になりそう。
田中先生役の大久保佳代子さんがとても良かったです。浜野あさひを芯にして時間軸をぐるぐる廻し往来する構成は良かった。マリメッコの折り畳み傘、かわいかったね。
マリメッコ!田中「茉莉子」先生を想って!?違うかなー、偶然かなー、そこまで監督とかスタイリストの人、考えたのかなー?ワクワク!あ!スタイリストの方のお名前「茉莉」さんだ!大変な発見をしたような💕
悪い人が出てこない。震災後、過疎の町、コロナの今、映画館、「家族は幻想」論、主人公が生徒時代に抱えた問題(学校と家庭)、日本における「外国人労働者」問題、ユニークな先生との出会い、小津安二郎の映画に若尾文子の「青空娘」か?!等々。時間おいてこの映画を振り返ると、テーマがてんこ盛りでそれぞれの関係性が希薄でアリバイ感も半端ない。細部はとても面白かった(くすぐりが多い)けれど1本の映画としては残念だと思いました。
おまけ
着物姿で川にズブズブは太地喜和子かなぁ、違うかな?と思っていたらやはりそうだった!映画は「喜劇 女の泣きどころ」。武蔵野館お得意のロビー飾りでわかりました~!
落とし方以外は好印象
福島で鑑賞
暗闇の中で半分残像の嘘物語を愛する根暗たちへ
お叱りや恥を忍んではっきり言ってしまおう。
福島県民でありながら、この“朝日座”の事を知らなかった。
無理もない。
朝日座があるのは南相馬市。私が住んでいるのは郡山市。同じ県内でも結構離れている。(福島は広い!)
朝日座が建てられたのは1923年で、閉館したのは1991年。私が生まれたのは1982年。
こういう作品が無ければ、なかなかご縁が…。
だからまず、作ってくれた“ご縁”に感謝を!
100年近い歴史を持つ朝日座。開館時は、“旭座”。
1991年に一度は閉館するも、2008年に“朝日座を楽しむ会”が発足。
2011年の東日本大震災をも乗り越え、再び地域の人々の集う場に。
そんな実在の昔ながらの映画館を舞台に上映する、話自体は創作の“嘘物語”…。
シネコンの波。
さらに、東日本大震災とコロナのWパンチ。
借金もあり、朝日座の支配人・森田は閉館と売却を決意する。跡地には健康ランドが建設予定。
断腸の思いで古いフィルムを焼いていると、若い女性が現れて、突然水をぶっかける。
何でも遠い親戚に当たり、映画館を立て直す使命を帯びたという。
名は、“茂木莉子”。
そんな映画みたいな唐突な出来事がある訳…。
そう、嘘。
“動機”以外は。
本名は、“浜野あさひ”。
両親、弟と南相馬で暮らしていた。
あの震災が起き、家族が崩壊した。
父は除染作業送迎の“浜野朝日交通”を立ち上げ、成功。
一方、神経質の母は放射能で身体の弱い弟ばかりを心配。
あさひはその板挟み。父の成金と自分の名と同じ会社も嫌い。学校では友達も出来ず、居場所も無く…。
そんな時救ってくれたのが、田中先生。
先生と交わした約束。それが、
南相馬にある朝日座っていう、古いけど、とってもいい映画館を、立て直して欲しい…。
現在パートの“莉子”と過去パートの“あさひ”のエピソードが交錯して展開。
まず、“莉子”。
とにかく莉子が、ズケズケ物を言う物怖じしない性格。
森田はメタボな頑固親父。
「ジジィ!」vs「小娘!」と二人の丁々発止のやり取りも愉快。
閉館の危機にある映画館を救う奮闘劇。
クラウドファンディングやTV出演で借金返済のお金を募る。
好調!…が、ぴたりと客足は止まる。
買取側の画策。借金額は450万だが、取り壊しがすでにもう決まっているという事は、その人件費なども含めさらに1000万プラス。
何て悪徳なやり口!…いや、一概にそうでもない。
健康ランドなら老若男女、地域の人の為の憩いの場となれる。
客離れが激しい映画館にそれが出来るか…?
私はこれを聞いた時、厳しい現実を突き付けられたような気がした。
夢で飯を食っていけるか…?
でも、飯を食う為に人は夢を見るもの。
この現在パートはコミカルでありつつ、シビアな現実からも目を背けない。
果たして、総額1450万を取り壊しの日までに集める事は出来るのか…?
“あさひ”パート。
映画好きの田中先生。
あさひも視聴覚室で一緒にこっそりDVDを見たのがきっかけ。
親御さんたちには不人気だけど、生徒たちには人気の先生。あさひも大好きな先生に。
その後あさひは東京へ引っ越すも、そこの学校を中退し、戻ってきて先生の家に居候を始める。
一緒に住み始めて分かった、実は男にだらしない先生。すぐ惚れて、すぐフラれ…。
でもあさひにとっては、欠けがえのない毎日。
映画もたくさん見て。
教師の前は映画の配給会社で働いていたという先生。
何だか、夢や人生のこれからなど抱いていなかったあさひの目指すものが…。
歳の差、生徒と先生の立場を越えた親友に。
…別れは突然に。
それから、8年。
あさひはかつての先生のように映画の配給会社で働いていたが、今の先生のカレシから呼ばれ、再会する。
思わぬ姿の先生と…。
高畑充希の巧さ!
元々演技力には定評あるが、強気な現在“莉子”と根暗な過去“あさひ”のメリハリ、抑圧、性格付けが見事!
落語家の柳家喬太郎もユーモアと哀愁たっぷり。
年齢、本当ですか…? 体型は本当ですよ。二本立ての組み合わせはちょっと…(^^;
個性派キャストが揃った中、個人的にVIPを挙げたいのは、お笑い界からの大久保佳代子。
大久保さんが演じた田中先生。
素のようなナチュラル演技。
男にだらしない設定は、絶対大久保さんからのイメージでしょう。
優しくて、一緒にいて楽しい。
笑わせる。
教師/大人としての責任能力もある。
泣かせもする。
あさひを映画好きにしてくれた人。
あさひの人生に影響を与えてくれた人。
ベタな言い方だが、自分も学生の頃、こんな先生と出会えてたら…。
二人で暮らした日々はあさひにとっては欠けがえのない毎日だったが、それは先生にとっても。
別れの日の振り返った先生の笑顔がそれを物語っている。
それから、先生の今カレがチョー可愛いの。
ピュアな外国人青年。何だか頼り無さげだけど、彼が最後、まさかまさか!
福島ロケも良かった。
南相馬にはほとんど行った事無いが、明らかに郡山の風景が!
あの屋上から見覚えや馴染みある街並み…。
日本の女性監督も十人十色。西川美和は重厚な作品、河瀬直美監督は知的な作品…そんな中本作のタナダユキ監督は、ユニーク。
私が好きな『百万円と苦虫女』はタイトル通り苦いユーモアある作品の一方、『ふがいない僕は空を見た』は激しい濡れ場を交えた重厚な作品。
本作は一見、『百万円~』寄り。
コミカルな作風。
アニメーションで説明される映写機。これ、仕組みを知ってる人は改めて、知らない人も非常に分かり易く、面白い。また、その時の先生の台詞が本作強いては、映画そのものや映画好きの我々を表している。
映画が題材なので、実在の映画も掛かる。通なら殊更堪らない。
その一方…
ちいさな昔ながらの映画館の厳しい存続危機。
その原因の一つは…。現在のコロナ禍も絡める。
そして、忘れちゃいけない。今の福島が舞台になる限り、描かなくてはならない、3・11=東日本大震災。
直接的な描写はないが、台詞の端々に滲み出てくる。
朝日座の傾き、あさひの家族の崩壊…。
何よりもショッキングだったのは、森田の米農家の弟の震災後一年後の自殺…。
あの震災が福島にどんな影響を及ぼしたか、今もどんな影響を及ぼし続けているか。
物語への溶け込ませ方は直球の『Fukushima 50』よりずっと巧い。
閉館危機の映画館へのエールや映画愛も『キネマの神様』より胸に響いた。
これらをオリジナル脚本でまとめ、また一つ、手腕と才能と魅力的な作品を。
そう、だから映画を!
我々が観ているのは幻想かもしれない。
嘘物語かもしれない。
それに感動し、虜になる我々はひょっとしたら、根暗なのかもしれない。
でも、根暗連中は星の数ほどいる。
それでいいじゃないか。
シビアなテーマも込めつつ、作品はハートフル・ムービー。
だから勿論、最後はハッピーエンド。
ご都合主義、出来すぎなんて声もあるかもしれない。
それでいいじゃないか。
映画みたいなハッピーエンド。
そんな思いに触れて。そんな思いに溢れて。
そんな素敵な気持ちで映画館を出て、元気が貰えた。
実は当初はそれほど観る予定は無かった。
夏映画が終わり、秋映画まで開き、たまたま休み、福島が舞台だからちょっと観てみるかな…そんな程度。
予想を遥かに上回った良作!
見ておいて良かった!
年間BEST級入りになるかも…!?
福島が舞台の映画だから贔屓してるんじゃない。
だって私も、
暗闇の中で半分残像の嘘物語を愛する根暗なのだから。
残像効果で半分は暗闇を見てる根暗映画好きどもにお勧めしたい!
uni試写会にて鑑賞。
「あなたは何故、映画好きになりました?」
と問いかけられるような作品です。
自分自身が映画好きになったキッカケを思い出しノスタルジックな気持ちになりました。
映画好きさん達なら何かしら自分に重ね合わせて観れる作品なのではないでしょうか?
「映画は残像効果で半分は暗闇を観てる。だから映画好きは根暗が多いのね」という台詞が最高に好きです。
私もそんな根暗の1人です!
フィクションは"嘘"という意味だけどその嘘を皆んなで泣いて笑って楽しめる。
「浜の朝日の嘘つきどもと」と言う、ちょっと難しいこのタイトルにも観賞後にはフフフと笑顔になれますよ。
"嘘つきども"とは嘘をついた人間?
それともフィクションの映画??
いろんな解釈ができて十人十色。
知らない人たちが集まって1つの物語を観て泣いて笑って、違う感想を持つ映画館。
「映画館がいつでもあると思ってるから皆んな大切にしないんだ」というセリフも印象的です。
ネット配信などでも映画が観れる便利な世の中ですが、映画館の良さを改めて感じました。
映写機を可愛くわかりやすいイラストで説明してくれたり、沢山の懐かしい映画達も登場したり…!
映画好きな根暗どもにお勧めしたい作品です!!
すべての人におくる映画体験
観たってお腹が膨れるわけじゃない…だったら「映画の持つ力」とは何か?!
『岬のマヨイガ』『護られなかった者たちへ』などに続き、こちらも東日本大震災後の人々の姿が描かれていた。
これは偶然ということもあるが、実は時期的なものもあって、災害や事件を題材として描く、特に『遺体 明日への十日間』のように、その題材に直接的に描いたものではなく、それによって人生が変動し、そこから再生していった過程を描き、尚且つ「今」を語るとなると、製作年数も入れて、どうしても約8~10年というスパンが必要になってくることも要因として大きい。
だからこそ10年経った今、東日本大震災を扱った作品が連続しているのだろう。特に今作に関しては、そんな震災を経験した人々が、次は新型コロナに直面してとしまうところ、つまり現在進行形の物語が描かれているのだ。
同じ「映画」というものを題材を扱った作品としては、『キネマの神様』も現在公開中だ。『キネマの神様』の場合は、映画制作に関わっている人々という点では、等身大の人々の姿が映し出されたていて、その中で山田組ならではの安定感があった作品といえるだろうが、残念だったのは、新型コロナの影響という点で物語に反映させている割には、そこから「映画の持つ力」という点で、あまり機能しておらず、取って付けたような感じがしてならなかったことだ。
しかし、今作は逆に、そこがピンポイントで描かれていたのだ。
今作の舞台となっている映画館「朝日座」は、 福島県南相馬市に実在している名画座だ。ドキュメンタリー『朝日座 ひはまたのぼる~南相馬・朝日座と観客達のものがたり~ 』『ASAHIZA 人間は、どこへ行く 』などのドキュメンタリーが制作されたり、「朝日座を楽しむ会」として、不定期に映画の上映イベトなども行われているなど、福島復興の象徴のひとつとしてや、文化遺産としての側面からも注目が集まっている。
そんな震災を乗り越えた「朝日座」が次に直面する、復興を妨げるような、新型コロナに耐え抜けるのか、という入り口から、「映画の持つ力」というものを挫けそうになりながらも、登場人物たちが探求していく物語となっている。
劇中の中で、「映画を観てもお腹は膨れないけど」というセリフがあるが、それによって救われる人もいるし、希望を見出せる人もいる。誰しもがそうとは限らず、映画を観たからといって救えないものもあるけど、そんな映画が暗い世の中だから必要。
映画というものは、戦争や不況などの辛い現実から逃れる現実逃避として扱われてきた側面も実際にあるが、時には現実逃避も必要であって、そこから新しい道を見出していくのも、また映画の役割が大きかったりする。
もちろん、人によってそれが映画とは限らず、音楽だったりアートだったり…と違うわけだが、それを絶えさせない人々の姿にも希望が見出せたりするわけだ。
小さい劇場や名画座は、時代の流れやシネコンなどによって、経営を圧迫されてきた上に、災害や今回の新型コロナのような事態では、生き残れない現状がある。これは映画館だけに限らず、小売りや飲食店も同様のことであって、そこに関しては、共通したテーマがある。
映画は娯楽だから、なくたって死にはしないという考えもあるかもしれない。『サマーフィルムにのって』でも、そういった問題が扱われていたし、劇中でも「今の人は映画なんて観ないでYouTubeを観てますよ」というセリフもあった。
果たして本当にそうだろうか…飢えて死ぬということはないにしても、映画によって、救える命が少しでもあるという意味では、ないと死んでしまう人もいるのだ。映画だけならシネコンでもいいかもしれない、だけどその映画館それぞれのもつ個性や雰囲気が人を救ってくれる部分もある。
「大変なときに映画なんか観てるんじゃない!」じゃなくて、大変だからこそ、映画を観てもらいたいと私は思う。
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