「ド田舎の街を支配する不寛容と真正面から対峙する『アニー』ミーツ『キャリー』」ザ・プロム よねさんの映画レビュー(感想・評価)
ド田舎の街を支配する不寛容と真正面から対峙する『アニー』ミーツ『キャリー』
ブロードウェイのミュージカルスター、バリーとディーディーはフランクリン・ルーズベルト大統領とその妻エレノアを描いた自信作『エレノア!』での自意識過剰な演技を批評家から酷評されてあっさり上演打ち切りに。その頃インディアナではゲイであることをカミングアウトした高校生エマが自分の彼女とプロムパーティに参加したいと希望したことがPTAの逆鱗に触れプロムが中止になったことが話題になっていた。そのニュースを知った万年コーラスガールのアンジーはバリーとディーディーに自分達のイメージアップのためにインディアナに押しかけて勝手にエマを応援しようと提案、ジュリアード卒の舞台俳優なのに代表作がテレビドラマだけのトレントも巻き込んで早速インディアナに乗り込むが、そこは想定以上に閉鎖的なド田舎で・・・から始まるミュージカルコメディ。
キラッキラのポスタービジュアル通りにキラッキラのシーンで幕を開けますが、実際にスポットライトが当たるのは電話帳のように分厚い人間ドラマ。あからさまな売名目的だったバリーとディーディーがエマと彼女を支援するホーキンス校長らとともにPTAやクラスメイトと対峙するうちに自分達が抱える苦悩と向き合うことを余儀なくされていく様を丁寧に描写しています。ただ自分が好きな人と踊りたい、ただそれだけを望む普通の高校生エマに浴びせられるものはバケツ一杯の豚の血ではありませんが、そこにある凄惨さは『キャリー』で描かれたものと同じもの。しかしこちらはあくまでミュージカルなので超能力ではないもので不寛容と戦います。
世界恐慌と対峙したフランクリン・ルーズベルトとエレノアが登場するミュージカルといえば『アニー』。ここにはウォーバックスさんのような大富豪はいませんがエマに引き寄せられた人たちがエマの望みを叶えるために用意するクライマックスは涙で滲み喉が軋みました。いや、ブロードウェイミュージカルへの愛が滲んだ蘊蓄が散りばめられた物語の中盤から正直ずっと泣きっぱなしでした。要するに横っ腹にボディブローかまされました、これは大傑作です。
もうキャストがとにかく魅力的。メリル・ストリープ、ニコール・キッドマンのキュートさには胸が締めつけられますし、ジェームズ・コーデンとキーガン=マイケル・キーが見せる優しさにもグッときます。個人的に嬉しかったのはトレイシー・ウルマンの起用。これはジョン・ウォーターズの『ア・ダーティ・シェイム』リスペクトでしょうね、あれもド田舎の不寛容に戦いを挑む話ですし。こんな手の込んだミュージカルをシレッとコンテンツにねじ込んでくるネトフリには脅威しかないです。