ある人質 生還までの398日 : 映画評論・批評
2021年2月9日更新
2021年2月19日よりヒューマントラストシネマ渋谷、角川シネマ有楽町ほかにてロードショー
忘れてはならない現実を、エンターテイメントとして巧みに思い起こさせる
デンマーク映画の「ある人質 生還までの398日」は、身に染みる本物のヒューマン・ドラマだ。気力に満ちた24歳の体操選手ダニエル・リュー(エスベン・スメド)は、試合で怪我をして引退を余儀なくされる。その後、趣味の写真を活かし戦場カメラマンのアシスタントの職を得た彼は、ソマリアでの取材で新しい生きがいを見つける。心配する恋人や家族を説得し、内戦が激化するシリアへ戦場カメラマンとして自費で取材に向かう。
ダニエルの興味は戦地における一般市民の平穏な生活で、「プライベート・ウォー」で描かれた地獄のようなアレッポではなく、トルコ境界に近い落ち着いた街に向かう。だが取材が終わる寸前に近所の過激派に見つかり、誘拐されてしまう。外国人を誘拐し身代金を要求する「誘拐ビジネス」は、過激派組織IS(イスラム国)一部派閥の賃金調達の手段になっていた。ダニエルは拷問され、同様に誘拐された人質たちと共に監禁される。テロリストと交渉しない方針を貫くデンマーク政府の助けは得られず、元軍人で交渉のプロフェッショナル、アートゥア(アナス・W・ベアテルセン)がダニエルの家族と共に高額な身代金を支払うための計画を練る。
内戦中のシリアで実際に起こった事件を基にした本作には、終始重苦しい雰囲気が漂っている。本物のダニエルがTED(カンファレンス)で語っている通り、残酷な状況を生き抜く唯一の方法は、ポジティブなことに感謝することだ。ISの子供の兵士が苦しむダニエルに共感し手枷を切ってやる、そんな瞬間だけは安心して息がつける。だがシリアにいるダニエルだけでなく、故郷でも家族はまるで戦場のような苦境に陥る。このような重苦しい雰囲気にも関わらず、ニールス・アルデン・オプレブ監督(ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女)はスリラー映画のようなテンポの良さで、エンターテイメントとして消化しやすい作品に仕上げている。
有名なアメリカ人記者ジェームズ・フォーリー(トビー・ケベル)が登場すると、囚人と過激派の間の緊張が高まる。彼は専門家としてテロリストの窮状に詳しく、人質たちに希望を与えるが、ISの第一敵国のアメリカ人である彼にはほとんどチャンスがない。「誰かが、今何が起きているのかを世界に示す必要がある」とダニエルはフォーリーに語りかける。この激動の時代、シリア内戦とイスラム国の台頭は忘れられかねないが、本作はその現実を巧みに思い起こさせる。