ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌のレビュー・感想・評価
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けっこうよかった
お母さんがヤク中でつらい。あんな状況でも恋人がいて、こっぴどく振られるものの恋愛をするのがすごい。頼って行ったら私物を2階から放り投げられるのは嫌だ。あそこまでひどいヤク中だと、人生に幕を下ろした方がいいのではないかと思う。おばあちゃんがたくましくてかっこいい。主人公が就職活動で、有力者の目を引かなければならないのが、本当にしんどい。オレにはあんな就活絶対に無理だ。コツコツ勉強して国家資格を取るとか、そういう道の方がずっといい。
家族の愛歌
J.D.ヴァンスの回顧録を映画化。
…って、ダレ?
米作家。
生まれはオハイオの田舎町。そこから名門イェール大に進学。
その道のりは決して平坦ではなかったろう。
劇中でもJ.D.は都会の白人エリートたちとの会食の席で生まれ故郷を“レッドネック”と呼ばれた。これはアメリカ南部の田舎を蔑む差別的用語。
生まれや育った環境の格差。
出身のハンデを抱える人は他にも大勢いるだろうが、J.D.はさらに問題が上乗せされる。
彼の家族。
これは、彼の3世代の家族の物語…。
イェール大のロースクールに進学し、夢に一歩近付いたJ.D.。
そんな彼に故郷から連絡が。母が薬物過剰摂取で入院したという。
複雑な胸中でJ.D.は故郷へ。脳裏に思い返されるは、故郷、少年時代、そして母と祖母…。
邦画だったらノスタルジーに浸れる感動作になっていただろう。
が、本作はそんな感傷に浸っている暇は全く無い。
壮絶な家族史…。
母ベブ。確かに愛情はある。優しい時や、抱き締めてくれる時も。が、性格や私生活は荒れ、男にフラれる度に薬物に溺れる。そうなると情緒不安定。突然ブチギレ、手を出す事もしばしば。典型例な毒親。
そんな娘を、祖母マモーウは擁護し続けてきた…いや、J.D.に言わせると、甘やかしてきた。
看護士として働くベブの職場で抜き打ちの尿検査。薬漬けなのがバレてしまう。J.D.に頼み込むが、拒否。すると何と、祖母は母側に。J.D.は憤りを露に。母はダメ人間だが、それに拍車をかけたのは祖母なのでは…?
勿論祖母自身もそれは分かっている。この家族は家族同士で、辛く、苦しく、哀しく、首を絞め合っている…。
ベブの唯一の理解者だった父が死去。彼女の情緒はますます不安定に。警察ともトラブルを起こす。
付き合う男もクズだらけ。実家を離れ、J.D.を連れ男と暮らし始め、J.D.も男の息子の悪い影響を受け始める…。
堕ちていく母…。
振り回される姉やJ.D.…。
祖母も病に犯される…。
この家族に救いはないのか…?
ある人物が、動いた。
J.D.を引き取ると言い出した祖母マモーウ。
元々J.D.と祖母は仲が良く、今よりいい生活で、楽出来ると思ったのだろう。
が、期待と違った。
祖母は優しさを押し殺し、スパルタ教育。生活面、勉強、果ては人格まで、全てに於いて厳しく。
反発するJ.D.。「大嫌いだ」
「嫌われてもいい」。そう言うマモーウの言葉には、ある決心すら見えた。
かつては成績優秀だったという母。
が、自ら道を踏み外した。
その過ちを孫にもさせたくない。その為には嫌われてもいい。どんなに厳しくしても。孫の将来の為なら。
努力もしないでチャンスはあると思うな。
お前にはその努力もチャンスもある。
努力もチャンスも買ってでもやれ。
必ず、お前やお前の将来の為なる。
お前は、自分と家族の希望の星なんだからーーー。
そして、母。
昔から何度足を引っ張られたろう。今もまた薬物を断ち切れない。
これからエリートの道を進むのに、薬物依存の身内が居たらその道は閉ざされてしまうかもしれない。
が、それでも家族。
どんなに嫌っても、憎んでも。
手を差し伸ばす。
最後には。
原作は劣悪な場で暮らす白人貧困層の問題を掘り下げたより政治色の濃いものらしいが、映画は家族の物語に置き換えて。
賛否分かれてるようだが、ロン・ハワードが家族や母子の愛憎を分かり易く、的確に抽出する。
圧巻は役者陣の演技。
実質主役のJ.D.役のガブリエル・バッソの好演。
ベブ役のエイミー・アダムスの鬼気迫る熱演。
特殊メイクを施したグレン・クローズはもはや怪演と言っていい。(先日発表されたばかりのラジー賞では助演賞ノミネートの一方、間もなく発表されるオスカーでもノミネートが期待されているという。狙え!オスカー&ラジーWノミネート!)
前述の通り賛否両論。
全米では賞レースから撤退するほど酷評優勢。
しかし、何だかそれが作品を物語っていた。
決めつけられた負のレッテルを覆す。
誰のせいにもしない。
自分の手で、自分の将来を切り拓く。
家族を助けるのは、自分。自分を助けるのは、家族。
家族の希望は、自分。自分の欠けがえのない存在は、家族。
批評家にとっては凡作かもしれないが、凡人の自分には強く胸打たれる良作であった。
僕とオカンとばあちゃんのオハイオ物語
予告を見ていた段階で、グレン・クローズのメイクの迫力に気圧されてた私。更に驚かされたのがヘイリー・ベネットです。
あ、なんか美人さんがおる。けど、ちょっとふっくらし過ぎやけど。へ。え。えぇ?彼女、ヘイリー・ベネット?マジか。いつの間に、こんな事になってんねん。可憐なベネットはどこへ?アメリカ人は怖いなぁ。などと。いや、ちょっと、これは役作りですよね。ヘイリー・ベネットの印象は「七人の侍」(ごめん、わざと言ってます)のまんまだったので、驚きましたw
とにかく熱演大会です。演技が熱いです。と言うか、登場人物の沸騰場面、多過ぎって言うべきかw
グレン・クローズとエイミー・アダムスは期待通りとして、J・Dの少年時代役のオーウェン・アスタロスが良かったです。ちょっと調べてみたら、彼は今、かなりスリムになってます。個性的な顔立ちもあり、次も面白い役が回ってくると良いなぁ、って思います。
クルマに乗って一家がケンタッキーを離れる場面くらいで、「音楽が良いなぁ」と思ったら、ハンス・ジマーだった。映画に合わせた、現代大衆音楽的な交響曲。やっぱり良いなぁ。ペンバートンとハンス・ジマーが俺の中では双璧です。
物語はと言うと。娘の毒親振りに、孫の将来が不安になったグレン・クローズ。孫を引き取り真っすぐに生きる道を辿らせて行く。苦学の末、弁護士事務所採用の一歩前まで来た孫。ヘロイン漬けになった母親を見捨てることは出来ず、ともに歩み続ける道を選択する、と言う話。回顧録が元ネタという事でリアルでドロドロしてます。
親と教育は大事だよねぇ、とか。アメリカの薬物事情のヤバさ、とか。皆保険制度の安心感、とか。アメリカ弁護士業界の、いやらしいまでの選民意識とか。その他、イラク戦争・多人種国家、いろんな現代アメリカの世相を背景に描かれるのは、三代にわたる親子/母子の、「切っても切れない縁」。
進学資金を作るために陸軍に入隊しイラクまでいったJ・D。バイトを3つも掛け持ちしているJ・D。「苦学生」なんて言葉は、今の日本では死語ですけどね。「苦学」のレベルが、凄過ぎるよ。母親の何番目か判らない再婚相手の元で、夫の連れ子とつるんでマリファナ漬けの生活を送っていたとしたら。祖母の元で、貧しさを実感する日々を送っていなければ。あれだけの、成功意欲は湧いてなかっただろうよ、って言う。
期待値高目で鑑賞。その期待値通りの、良い映画でした。
良かった。とっても。
定番のアメリカファミリー物
映画のラストで実在のモデルが現在どうなっているのかを実写して終わるという定番のクロージングをします。
破天荒な家族に流されず、前向きに取り組んだ主人公のサクセスストーリーは所謂スタンダードと言うやつで、それなりに楽しめました。
家族、について考えさせられる作品
ディズニー映画「 魔法にかけられて 」で、愛らしい
ジゼル姫を演じたエイミー・アダムスが、愛してはいるものの時に激しく子供を叱責する薬物依存症の母親べヴを熱演。
煙草を吸いつつ、老いた身体を奮い立たせ、孫の J・D に努力をする事の大切さを説き、自立を促す祖母マモーウをグレン・クローズが熱演。
祖母の助けを借り、母親との軋轢を乗り越え、名門イェール大ロースクールに通う苦学生 J・D ・ヴァンスを
ガブリエル・バッソが、母親と弟 J・D を優しく気遣う姉リンジーをヘイリー・ベネットが好演。
グレン・クローズとエイミー・アダムスが、母親の逞しさを体当たりで演じられており、見応えが有りました。
エンドロールの笑顔溢れる写真を観て、実話だと初めて知り、感動がよりこみ上げてきました。それぞれが互いを思い遣る姿に胸が熱くなりました。
映画館にて鑑賞
【”努力しないで、チャンスが来ると思うな!”負のスパイラルに引きずり込まれた母親と、彼女の息子がもがきながらも、明るい未来を追い求める姿を現代アメリカが抱える様々な問題を絡ませて描き出した作品。】
ー物語は、アメリカ南部の田舎町で育ったJ・D・ヴァンスの少年時代の家族や町の人々、友人との思い出と、現在イエール大・ロースクールで学ぶ成長したJ・Dが、薬物依存に陥った母親に振り回される姿とを、行き来しながら描かれる。
どのような状況であろうとも、強い絆で結ばれているJ・Dの三世代に亘る、様々な家族の姿と共に・・。-
■この作品は、観る側に現代アメリカが抱える様々な問題をぶつけてくる・・。
・・・だが、問題を抱えているのは本当に、アメリカだけなのであろうか・・。
<過去>
・J・Dの母ベヴ(エイミー・アダムス:役作りのためか、少しふっくらしている・・。過去の精神的に不安定な姿と現在の薬物依存に陥った姿を演じる姿は、凄みがある。)が、且つては学校で2番の成績で、看護師として働いていたのに、徐々に”道”を踏み外していく姿。
そして、自分の今の姿に苛立ち、子供達に当たったり、職場の薬物を飲んで”ハイ”になり、ローラースケートで病院内を疾走し、馘首・・。
シングルマザーで、長女リンジーと長男J・Dを養っているが・・。男を次々に変える不安定な生活・・。
ーはっきりとは、描かれないが、彼女が大学に行かなかったのは、”地域性”もしくは”進学費用”ではないかと推察する。
J・Dが自分の住む土地を説明するモノローグで語る”僕の町の近くには”ルート23”があるが、僕の町には通っていない・・。”ー
<過去>
・べヴの唯一の理解者だったJ・Dの祖父が亡くなるシーン。町の人たちが、帽子を取って慶弔の意を表する姿。
-貧しくても、多くの人は敬虔である・・。-
だが、べヴは荒れ・・、J・Dは祖母(グレン・クローズ)に育てられる事になる。
-この、祖母がべヴをきちんと育てられなかった責任を感じているのか、J・Dの周囲にいる悪友たちを追い払い、J・Dに対し、厳しく躾ける姿。最初は反抗するJ・Dだが、貧しい中自分を育ててくれる祖母の姿を見て、J・Dは心を入れ替えアルバイト、勉強に励む・・。
◆彼に新たなる人生の扉を開くきっかけを与えてくれたのは、貧しくも、厳しき祖母だったのだ!ー
<現在>
・イエール大・ロースクールで学ぶJ・Dは、さらに道を切り開くために希望する法律系事務所の面接を受けようとし、食事会で関係者とテーブルを囲むが、マナーが分からず困惑し、更に隣の男から、自分の家族を”レッド・ネック”と呼ばれ、激高する・・。
-彼の育ってきた環境で、ナイフとフォークを使って食事することはなかっただろうし、”レッド・ネック”などと、愛する家族を呼ばれては・・。
同じテーブルを囲んだ白人同士でも、”決定的な違いがある”ことを雄弁に描いているシーンである。-
<現在>
・べヴが、ヘロイン過剰摂取で入院したと連絡が入り、面接間近ではあったが、故郷に戻るJ・D。老いた母は相変わらず、病院で周囲の手を焼かしている。退院しても行くところのない母の姿・・。一時的に避難したモーテルで、再びクスリに手を出そうとする母親の姿・・。震える手を、息子に助けを求めるが如く差しのばす、べヴ・・。
姉、リンジーに助けを求め、深夜、彼女のウシャに電話をかけながら、面接に向かうため車を飛ばすJ・D・・。
<”ヒルビリー””レッド・ネック”・・:貧困白人層を指す蔑称。このような言葉を、裕福な白人層が平気で使う国、アメリカ。
薬物依存者の増加に歯止めがかからず、犯罪の低年齢化が進む国、アメリカ。
地域的な経済格差が広がり、一度セイフティネットからこぼれ落ちると、這い上がるには相当な努力と”運”が必要な国、アメリカ。
だが、この数々の問題は、アメリカだけなのだろうか・・。
日本も同じ道を辿ってはいないだろうか・・。
様々な事を考えさせられる作品である。>
■追記
今作は、ご存じの通り、NETFLIX製作の作品であるが、イオンシネマは「ROMA/ローマ」以降、短期間ではあるが、NETFLIX製作の作品を劇場で掛けてくれる。
実に有難い事である。
感謝を申し上げます。
家族の一つの形
近年この作品のように完璧じゃない家族の姿を描く作品はいくらかあり、目にしたきたが、
この作品もまたそのタイプでは非常に見応えあり、この家族の形に没入し作品を楽しむことができた。
エイミーアダムス演じるベヴは理想の母親とは程遠い姿である。彼氏や父親を頻繁に変え、その度に子供達は引っ越し環境を変えることを強いられる。
時には子供に暴力を振るい、時には自分を傷つけて近隣に迷惑をかけたり、そして薬漬けになったりと一言で言えば最低な母親である。
でもそんなベヴも昔は学校でも優秀な生徒の1人であり、明るい未来を夢見て順風満帆な生活を送っていたという。どこか歯車が狂ったり、ベヴ自身も両親の暴力下の中育った過去のトラウマがベヴを狂わしてしまっている。
そんな壊れかけたベヴがまともな教育を子供達にする事はできない。
長女は早くに恋人を見つけ彼と生活をすることで独り立ちした。
主人公のJDはまだ幼い事もあってベヴに振り回されて苦しんだが、最後は祖母が母親代わりになる事となり、そんな必死に自分の世話をしてくれる祖母の姿を目にして立派な人間になることを強く心に決め今に至る。
今のJDは立派な社会人である。姉も家族を持ち幸せな様子が伺える。
そんな彼らにまた母親のトラブルに巻き込まれてしまう。子供たちは自立してるが、母親はまだその日暮らしの生活を送っており自立できておらず、歯車は狂ったままだ。
JD達も見捨てようと思えばできる立場であるが、ベヴの過去の事は理解、庇う事はできなくても、過去の事を赦し支え合う姿を過去の描写と繰り返しながら丁寧に描かれた作品である。
改めてこの作品をみても家族の形はそれぞれだという事を実感させられる。完璧な家族などもしかしたら存在しないのではないか。それぞれ色んな問題を抱え、そして解決できないままであるかもしれない。
ただこの作品を見ていると完璧ではないこと、問題を抱えてる事を恥じるのではなく、例え時間を要してもゆっくりゆっくり理想の姿を追っていく事も悪い事ではないと実感させられる。
ある程度の年齢を迎えてしまうと家族といえど共に過ごす事はなくなり、関係を断つ事もできてしまうのも現実である。
ただこの一家のように幼少期は一般的な家庭のような時間を過ごせず苦しみはしたが、時間はかかっても最後は幸せな家庭を築くのまた家族の一つの形であり幸せな事だととても実感させられた。
この作品においては家族の形というものにスポットが当たっているがもちろん他のことにも置き換える事は可能だ。
人間誰しも完璧な姿や理想な姿を夢見る。その思いが強ければ強いほど現実と理想の差に絶望し壊れてしまう事もある。
人間誰しも壊れる事もあり、逃げ出す事もある。壊れたから、逃げたからもうダメなのではなく、人生は短いようで長くもある。人よりも遠回りをしたとしても夢や理想を諦める事なくゆっくりゆっくりと自分のペースで向かう事の大切さを改めて感じさせてくれる作品であった。
今年もいろんな映画作品を見てきたが、自分にとってはトップクラスに好きな作品であった。
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